オンラインで元記事を参照のこと:https://www.apsf.org/article/the-effect-of-general-anesthesia-on-the-developing-brain-appreciating-parent-concerns-while-allaying-their-fears/
発達中の脳に対する全身麻酔の影響は、間違いなく、小児麻酔コミュニティが過去20年間に直面した中で、最も広く議論され、広く公表され、結論が出ていない患者安全の問題である。麻酔曝露後の有害な神経発達アウトカムの可能性は、私たちが主に使用する麻酔薬の本質的な安全性に疑問を投げかけ、両親と麻酔専門職の両方に懸念をもたらしたことは理解できる。2016年10月、麻酔患者安全財団(APSF: Anesthesia Patient Safety Foundation)ニュースレターは「全身麻酔が発達中の脳に及ぼす影響:親の恐怖を和らげながら懸念に理解を示す」というタイトルの記事でこれらの懸念について紹介した。1 今の号では、最近の3つの研究と麻酔専門職の日常臨床診療への影響に焦点を当てて、麻酔の神経毒性のトピックを再検討する。
2016年、米国食品医薬品局(FDA: Food & Drug Administration)は「3歳未満の子供または妊娠第3期の妊婦における手術または手技中の全身麻酔薬および鎮静薬の反復または長期使用は、子供の脳の発達に影響を与える可能性がある」と警告する医薬品安全性情報を発行した。2 新しい警告ラベルは、セボフルラン、イソフルラン、デスフルラン、プロポフォール、ミダゾラム、ケタミンなど、現代の診療で使用されるほぼすべての麻酔薬に適用された。FDAがこの警告を発したとき、麻酔薬が有害な神経発達アウトカムを引き起こしたことを示す決定的な臨床的証拠はなかった。むしろ、警告は主に、麻酔薬への曝露と広範な神経細胞の喪失、希突起膠細胞の喪失、急速な脳の発達期間中のシナプス形成障害などの神経学的損傷との関連を示した、さまざまな種にわたる動物研究からの圧倒的なデータによって駆り立てられた。3–5 動物実験では麻酔薬への早期曝露と認知、行動、学習の障害との関連も示された。4,5
懸念がある一方、動物のデータを人間に簡単に当てはめることはできない。動物モデルにおける麻酔薬曝露の用量と期間は乳児または子供が手術室で通常曝露されるよりもかなり多く長い。動物モデルは臨床診療で日常的に利用されている正確な生理学的モニタリング、強制換気、および蘇生努力を欠いている。さらに、各動物モデルには脳の発達中の「脆弱性の期間」に違いがあり、これを人間の脳の発達と関連付けることは困難である。
FDAの警告の時点で、臨床データは主に後ろ向き観察研究で構成されており、若年で麻酔にさらされた人の神経発達アウトカム(認知、行動、学習障害など)をマッチさせた未暴露のコホートと比較した。結果はまちまちで、対立するものであった。いくつかの研究は、早期の麻酔曝露と神経発達アウトカムとの間に関連性を示さず、若年での麻酔への単一の短時間の曝露が脳の発達に悪影響を及ぼさないことを示唆している。6–8 しかし、他の研究では、麻酔への曝露が、特に幼い頃に複数の麻酔薬に曝露された子供において、神経認知障害を引き起こす可能性のあることが示唆された。9–11 FDAが医薬品安全性情報で認めたように、観察研究には多くの制限があり、原因を証明できない。2 これらの研究では、出生時体重、在胎週数、親の年齢/教育、社会経済的地位、収入、民族性などの交絡因子の制御が非常に困難であることが証明された。
過去5年間で、3つの適切に設計された画期的な研究がこれらの制限を最小限に抑える努力をし、そしてそれらの調査結果を合わせると子供たちの全身麻酔への単一の短い暴露がおそらく安全であることを示唆している:
- 小児麻酔神経発達評価(PANDA: Pediatric Anesthesia Neurodevelopment Assessment)研究は多施設後ろ向き観察研究であり、3歳より前に単一の全身麻酔薬に曝露されたその他の点では健康な子供と、曝露されていない兄弟の間で、全般的な認知機能(IQ)を比較した。12 兄弟マッチングを利用することにより、PANDA研究は、遺伝的背景、社会経済的地位、親の年齢/教育、家族の収入などの交絡変数の影響を最小限に抑えた。合計105の兄弟ペアが研究に含まれ、IQテストは8〜15歳の間に行われた。グループ間でIQスコアに有意差はなかった。さらに、記憶/学習、運動/処理速度、視空間機能、注意、実行機能、言語、行動などの神経認知機能の二次的結果に有意差はなかった。12
- 子供におけるメイヨー麻酔安全性(MASK: Mayo Anesthesia Safety in Kids)研究は、3つのグループの子供(麻酔に一度もさらされたことがない子供、3歳より前に一度さらされた子供、および複数回さらされた子供)の一般的な知能と神経発達アウトカムを比較する後ろ向き観察研究であった。13 著者らは、交絡変数を最小限に抑えるためにコホートの厳密な傾向ベースのマッチングを利用し、一連の包括的な神経心理学的評価を実施した。この研究では、3歳未満の麻酔曝露(1回および複数回の両方)が一般的な知能の欠陥と関連していないことが示された。13 単一の曝露は他の神経心理学的領域の欠陥と関連していなかった。13 しかし、複数回の曝露は細かい運動能力と処理速度のわずかな低下と関連しており、これらの子供たちの親は読書と行動の困難をより多く報告した。13
- 3)乳児期の全身麻酔または 覚醒下区域麻酔(GAS: general anaesthesia or awake-regional anaesthesia in infancy)研究は、これまでのところこのトピックに関する唯一の無作為化比較対照試験である。この国際的な多施設共同試験では、最終月経後60週未満の健康な乳児(妊娠26週以上で生まれた)がセボフルランベースの全身麻酔または覚醒下区域麻酔のいずれかを受けるように無作為化された。14 一次アウトカムは5歳での知能指数(ウェクスラー式就学前知能診断検査第3版WPPSI-III)であり、二次アウトカムは2歳での複合認知スコア(ベイリー乳幼児発達検査III)であった。14 2016年、二次アウトカムは、乳児期の1時間未満のセボフルラン麻酔曝露が覚醒下区域麻酔と比較して2歳での有害な神経発達アウトカムのリスクを増加させたという証拠を示さなかった。15 2019年、一次アウトカムは、覚醒下区域麻酔と比較して全身麻酔にさらされた子供の知能指数に差がないことを示した。14 FDAの警告とそのタイミングは物議を醸し、多くの麻酔専門職を驚かせた。
FDAは、2007年、2011年、および2014年に専門家パネルと会い、麻酔誘発神経毒性の問題について助言を得た。その後、最後の専門家諮問委員会が召集されてから2年以上後、FDAは麻酔神経毒性の潜在的なリスクについて警告する医薬剤安全性情報を発表した。不思議なことに、彼らの警告はPANDA研究12 とGASの二次アウトカムからの安心できる結果の直後にあった。15 通常FDAの医薬品安全性情報は相当な臨床データ16 に基づいているが、この場合、ヒトにおける神経毒性の明確な臨床的証拠はなかった。FDAの警告は、既知のリスクではなく、潜在的なリスクに基づいていた。
FDAの意図は「この潜在的なリスクについて一般の人々にもっとよく知らせる」ことだったが、2 彼らの警告は医療現場に影響を及ぼした。FDAは、小児で必要な手術は行うべきであることを認めたが、「医学的に適切な場合、幼児の待機的となりうる手術は遅らせることを検討するべきである」と警告した。2 多くの小児科、外科、および麻酔専門職は、この推奨事項は過度に単純化され証拠に基づくガイダンスが不足していると考えた。医療専門家の中には、FDAの警告により、麻酔を続行するか手技を遅らせるかの決定に関係なく、医療専門職の医療過誤リスクを高める可能性があると警鐘する人もいた。17(再発性耳炎による聴覚障害は学習障害につながる可能性があるが、鼓膜チューブ挿入術は遅らせるべきか?睡眠時無呼吸自体が神経認知アウトカムに影響を与える可能性がある場合、中等度の睡眠時無呼吸に対する扁桃摘出術を遅らせるべきか?子供が後年に学習障害を発症した場合、手術続行の責任を自分が負うのであろうか?遅延の責任を自分が負うのであろうか?)結局のところ、医師が根拠のないリスクを検討するように求められると、リスクと利益の議論はより困難になる。弁護士が「無罪が証明されるまで有罪」の推定の下でクライアントを守ることに不安を感じるのと同じように、麻酔専門職は、FDAの警告後に神経毒性としてひどく汚名を着せられた麻酔薬の適切な使用を守るという困難な立場に置かれた。
麻酔誘発神経毒性に関する両親との話し合いは一般的である。200人以上の親を対象にした調査では、全身麻酔が子供の神経発達に影響を与えるというある程度の懸念を報告している人が60%いることがわかった。18 麻酔専門職はこれらの会話にどのように取り組んでいるのか?米国の小児教育機関の調査では、麻酔専門職の態度と全国的なインフォームドコンセントのプロセスに関する洞察が得られた。19 調査対象者のうち、91%が「質問された場合のみ」そのトピックについて話し合い、6%がルーチンで話し合い、それらの話し合いの大部分は手術の前に行われた。麻酔専門職との直接の会話に加えて、回答者の3分の1は親にSmartTotsコンセンサスステートメントを紹介し、20 3分の1は科としての特定の論点を持っていた。回答者の大多数は「待機的」手術の延期について両親と話し合っておらず、両親に「安全な年齢制限」を提示しないことを選択した。回答者のわずか20%しか医療記録に親との議論を記録せず、書面による同意でリスクについて具体的に議論した機関はほとんどなかった。
入手可能なデータに基づくと、3歳未満の小児の全身麻酔への1回の短時間の曝露は有害な神経発達アウトカムを引き起こさない。麻酔専門職と両親は同様にPANDA、MASK、およびGASの研究の結果に安心するべきである。しかし、複数または長期の麻酔薬を必要とする乳児および子供に関しては疑問が残る。この脆弱な集団では麻酔曝露後に中程度の神経発達障害が発生する可能性があり、10,11,13 周術期ケアにどのような臨床的影響があるかをよりよく理解するために追加の研究が必要である。研究者たちはまた神経発達アウトカムに対する麻酔薬の用量反応曲線を研究している。TREX試験は標準用量のセボフルランと低用量のセボフルランの神経発達アウトカムを比較する進行中の無作為化比較対照試験であり、2022年に完了する予定である。さらに、研究の焦点が麻酔薬の種類と経路ではなく麻酔の実施にシフトしていることがわかるだろう。神経発達アウトカムに対する術中低血圧、一過性低酸素症、代謝障害、ブドウ糖制御、および体温維持の役割は未解決のままの重要な疑問である。
子供のケアをする麻酔専門職は親の懸念に対処する準備をし、PANDA、MASK、およびGAS研究の安心できる結果に精通しているべきである。心配している親には、SmartTots Webサイト(https://www.smarttots.org)、親と医療専門職向けの情報資料を提供している国際麻酔研究協会とFDAとのパートナーシップなどの信頼できるリソースを紹介するべきである。20 乳児と子供のケアをするということは特権であり、麻酔専門職は、全身麻酔が発達中の脳に及ぼす影響に関する不安を和らげながら、親の懸念を認識するべきである。
Luke Janik、MDは現在、シカゴ大学の麻酔集中治療部門の臨床assistant professor(日本の講師、助教に相当)であり、ノースショア大学ヘルスシステムの麻酔科学、集中治療および疼痛医学部門の小児麻酔科指導医です。
著者にこの記事に関する利益相反はない。
参考文献
- Janik LS. The effect of general anesthesia on the developing brain: appreciating parent concerns while allaying their fears. APSF Newsletter. 2016;31;38–39. https://www.apsf.org/article/the-effect-of-general-anesthesia-on-the-developing-brain-appreciating-parent-concerns-while-allaying-their-fears/ Accessed August 12, 2020.
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