医療関連感染:麻酔専門家への呼びかけ

Richard C. Prielipp MD, MBA; David J. Birnbach MD, MPH

手を洗う

APSF ニュースレターの本号は、古くからの問題に新たな光を当てて、臨床家に医療関連感染 Health Care-associated Infections(HCAI)および関連性がより高い手術部位感染 Surgical Site Infections(SSI)に注意を向け直すよう呼びかけている。医療、技術、環境、微生物の課題は際限なく複雑であり、1960年代の手術室よりもはるかに予測しにくくなっているため、20世紀半ば~終わりには適切だった麻酔処置スペースでの感染制御法は、今日ではほとんど意味がなくなっている。麻酔専門家向けの新しくて示唆的な推奨事項が、最近発表されたSociety for Healthcare Epidemiology of America(SHEA)の影響力あるガイドラインに要約されている。1 このガイドラインは、American Society of Anesthesiologists(ASA)、American Association of Nurse Anesthetists(AANA)、American Academy of Anesthesiologist Assistants(AAAA)、American College of Surgeons(ACS)、SHEA、その他の団体の代表として情報を提供する、この分野の専門知識を持つ 15 人によって作成された。1 この専門家たちが作成したガイドラインは、病院と医療者が手術室の麻酔処置と機器に関連する感染をどのように減らすかを助言し、手指衛生の改善、環境消毒の強化、より安全な薬物投与方法の重要性を強調している。

なぜこの問題を懸念するのか?

米国では、毎年 200 万人の入院患者が HCAI を発症し 9 万人以上が死亡している。2 これらの感染源は多因子性ではあるものの、かなりの割合で患者が手術室にいる間に発生しているというエビデンスが増えてきており、通常の麻酔処置もこれに関与している可能性がある。3,4 驚くべきことに、SHEA ガイドラインの一部として行われた米国および諸外国の49施設の調査で、感染制御に関する指針がほとんどの場合で、医療者の実践と食い違っていたり、誤認されていたり、存在すらしていないこともあると示された。1

しかしながら、一部の麻酔関係者は、麻酔処置がHCAI を起こしているというのが事実であるかを疑っている。この誤解には 2 つの要因が寄与している可能性がある。ひとつは、「糞便の表面のつや」(患者の皮膚表面および患者と医療者が接触する手術室の医療環境表面にある腸内細菌のコーティングのこと)が肉眼では見えず、3 滅菌が困難であること。もうひとつは、ほとんどの SSIが術後数日経ってから現れることである。一方で、費用の増加、薬剤耐性菌を増殖させるselection pressure(訳注:抗菌薬投与により耐性菌以外の菌が減少すること)、患者と家族の不満、合併症率と死亡率の増加、潜在的な責任など、HCAI の深刻な影響に関しては、議論はない。SSIは、すべてのHCAIの20%以上を占めるため、特に重要である。実際に、SSI はすべての手術患者の最大 3%(術式、併存疾患、手術時間などによる)で発生しており、入院期間を3~10日間延長させ、死亡率を 2~10 倍増加させている。2

麻酔処置はHCAIにどのように関与してしまうのか?不十分な手指衛生には最も嫌疑がかかる。不十分な手指衛生のリスク因子として、医師であること、麻酔専門家として働いていること、短時間のケア、患者ケアの中断などがこれまでに認められている。3,4 最近のある研究でも、手術室での日常的な麻酔薬投与中に薬剤および薬剤シリンジの細菌汚染が特定された。5麻酔を受けた患者の標準的な静脈路チューブに組み込まれている微生物フィルターの6%以上が、Staphylococcus、Corynebacterium Bacillus 種で汚染されていた。5 また、手術終了時にシリンジ内から採取した残液サンプルの 2.4%から、同様の微生物および他の微生物が検出された。

では一体何ができるのか?SHEAガイドラインが推奨している重要事項

手指衛生は、最低でも以下のタイミングでは実行する必要がある。清潔操作の前、手袋を脱いだ後、手が汚れた時、麻酔カートに触れる前、部屋に入る時と出る時である。麻酔処置を行うすべての場所に、アルコールベースの手指消毒剤ディスペンサーを配置することは、不可欠である。

  • 最近のある研究では、手術室を8時間観察して、麻酔専門家と、手術室の機器・麻酔器・モニター表面・コンピューターとキーボード・血管カテーテル・活栓・静脈路チューブとの接触が記録された。6 麻酔専門家は平均で、これらの表面に1132回触れ、活栓からの注入を66回行い、血管カテーテルを4本挿入した。6 そして残念ながら、これらの処置のほんの一部でしか処置前の適切な手指衛生が行われていなかった。

気道確保 の一環として、臨床家は、高レベルの消毒が必要な再利用する喉頭鏡ハンドルを使用するのか、使い捨ての喉頭鏡を取り入れるのかを決めなければならない。

  • 軟性喉頭鏡も硬性喉頭鏡(ブレードとハンドルの両方)も、(粘膜に接触するので)セミクリティカルデバイスに分類される。従って、洗浄と「高レベルな消毒または滅菌」の両方が必要である。汚染した喉頭鏡が原因となったPseudomonas aeruginosa などの病原微生物のアウトブレイクが、医学論文で報告されている。さらに、多くの施設で、この新しい標準(使い捨ての喉頭鏡)よりも再利用する喉頭鏡の処理コストのほうが大きいことが判明しつつある。7 しかし、コスト配分データは各施設ごとに異なるものであり、使い捨て製品の採用というのは実際には非常にコストがかかる場合もある。表 1 は、選択肢となる 2 つの喉頭鏡を複数の側面から比較したものである。7

表1:感染と喉頭鏡:再利用する喉頭鏡と使い捨ての喉頭鏡の比較7

従来の再利用する喉頭鏡 使い捨ての喉頭鏡
電池を消耗するため、交換が必要 電池は常に新品
電球が暗くなり、最終的に断線する 常に新しい光源
オンとオフのスイッチが摩耗および故障しやすい スイッチは新品で包装されたままテスト可能
ハンドルの消毒には分解が必要 機器のクリーニングやメンテナンスは必要なし
使用するたびに滅菌または高レベルの消毒が必要 新しく透明なパッケージで滅菌済みの物が提供される
新たに必要となる処理や滅菌により、コストが急増する 施設によっては同等のコストもしくはより安価である
パフォーマンスは熟知された感覚でよく知られている パフォーマンスは再利用する喉頭鏡と同等と評価されることが今や多い
Prielipp RC、Birnbach DJ の再掲載許可を得ている。APSF Newsletter.2018;32:65. https://www.apsf.org/article/hca-infections-can-the-anesthesia-provider-be-at-fault/ Accessed August 13, 2019.

環境消毒について、ガイドラインでは、手術と手術の間に、作業エリアのキーボード、モニター、その他の機器と同様に、よく触れる麻酔器表面を消毒することを推奨している。また、通常短時間である手術と手術の間であっても迅速な除染ができるように、使い捨てカバーの使用や操作面の再設計が研究されている。

  • 典型的な手術室表面では、通常の部屋掃除の後であってもMRSA、VRE、MSSA、 E. coliAcinetobacter などの病原体が増殖する可能性がある。注射活栓における細菌増殖の確率が、麻酔専門家のベースラインの手の汚れだけでなく麻酔器を汚染する細菌コロニーの数とも関連することを示すエビデンスが蓄積するにつれて、環境消毒は重要視されてきた。 3,4
  • さらに、気管挿管などの気道確保の後には、麻酔処置スペース周辺で、清掃された手術室表面が、急速に広い範囲で汚染されている。特に注意すべき点として、あるシミュレーション研究が、麻酔導入と気管挿管から 6 分以内に活栓、麻酔回路、麻酔カートが 100% 汚染されていることを示している。8 さらに、麻酔カートまたは麻酔器の作業面に置かれていた未使用のシリンジが汚染されていたという注目すべき証拠があり、すべてのシリンジは(たとえ使用されていなくても)各手術が終わったら廃棄すべきことを示唆している。8
図1:閉鎖注入ポートと滅菌キャップ。

図1:閉鎖注入ポートと滅菌キャップ。

静注薬の注射に関しては、シリンジとバイアルは1人の患者のみに使用すること、注入ポートとバイアルのゴム栓は消毒後にのみ使用することが推奨されている。

  • 活栓は優先的に「閉鎖注入ポート」に変換しなければならない。または少なくとも、すぐに薬剤注入しない場合は、滅菌キャップで蓋をしなければならない(図1を参照)。

結語

Ampule Syringe ECG

「より清潔なケアはより安全なケア」は、選択ではなく基本的権利である。清潔な手が患者の苦痛を防ぐ

­—世界保健機関

手術室で働く医療者たちの行動は、個人としても集団としても、さまざまであるのが現実である。さらに、SHEA ガイドラインで詳述されているような、より安全ではあるが、より要求の厳しい、新しい方法を採用するための医療者のモチベーションというのは、従来の馴染みのある「快適な」習慣をただ維持しようとする本能にしばしば妨げられるものである。その一般的な理由は、未知への恐怖、仕事の過負荷、科学的な不確実性、個人および組織の適応性の欠如である。また、手術室でのほとんどの状況には production pressure(訳注:生産性を求める周囲からの圧力のこと)が存在し、徹底性よりも効率性が優先されてしまう。実際に、安全管理の領域にはこの原則を説明する ETTO(Efficiency-Thoroughness Trade-Off:効率性と徹底性の矛盾)という略語がある。9 しかし、ETTO が誤っているのは、人々はいつだって同時に効率的かつ徹底的になることができるという点である。

まとめると、麻酔専門家は患者ケアを改善するために、ここで述べた新しい原則、慣行、機会を取り入れるべきである。SHEA ガイドラインや同様のアルゴリズムはひとつの出発点である。18世紀の物理学者 Georg Lichtenberg の言葉に「私たちが変われば物事が良くなるとは言えない。 私が言えるのは、彼らが良くなるためには彼らが変わらなければならないということだ。」とある。 この SHEA ガイドラインが、すべての患者、すべての手術、すべてのタイミングで徹底性と安全性を優先させる方向に働き、我々が医療界の患者安全をさらに向上していけることを願っている。

 

Dr. Richard C. Prielipp はミネアポリス市にあるミネソタ大学の麻酔科教授であり、 Merck & CO., Inc. の指導員を務めている。彼は Fresenius Kabi 社のコンサルタントであり、 Anesthesia & Analgesia の患者安全領域のエグゼクティブセクションエディターである。また APSF 理事会に登録されている。

Dr. Birnbach はマイアミ大学UM-JMH Center for Patient Safety の麻酔科教授であり、ディレクターである。


Dr.Prielipp と Dr. Birnbach は SHEA ガイドライン開発のためのタスクフォースメンバーを務めた。


参考文献

  1. Munoz-Price LS, Bowdle A, Johnston BL, et al. Infection prevention in the operating room anesthesia work area. Infect Control Hosp Epidemiol. 2018;11:1–17.
  2. Davis CH, Kao LS, Fleming JB, et al. Multi-institution analysis of infection control practices identifies the subset associated with best surgical site infection performance: A Texas Alliance for Surgical Quality Collaborative Project. J Am Coll Surg. 2017;225:455–464.
  3. Munoz-Price LS, Weinstein RA. Fecal patina in the anesthesia work area. Anesth Analg. 2015;120:703–705.
  4. Loftus RW, Muffly MK, Brown JR, et al. Hand contamination of anesthesia providers is an important risk factor for intraoperative bacterial transmission. Anesth Analg. 2011;112:98–105.
  5. Gargiulo DA, Mitchell SJ, Sheridan J, et al. Microbiological contamination of drugs during their administration for anesthesia in the operating room. Anesthesiology. 2016;
    124:785–794.
  6. Munoz-Price LS, Riley B, Banks S, et al. Frequency of interactions and hand disinfections among anesthesiologists while providing anesthesia care in the operating room: induction versus maintenance. Infect Control Hosp Epidemiol. 2014;35:1056–1059.
  7. Prielipp R, Birnbach D. HCA-Infections: Can the anesthesia provider be at fault? APSF Newsletter. 2018; 32: 64–65. https://www.apsf.org/article/hca-infections-can-the-anesthesia-provider-be-at-fault/ Accessed August 13, 2019.
  8. Birnbach DJ, Rosen LF, Fitzpatrick M, et al. The use of a novel technology to study dynamics of pathogen transmission in the operating room. Anesth Analg. 2015;
    120:844–847.
  9. Hollnagel E. Safety-I and Safety-II. The past and future of safety management. Ashgate Book, CRC Press. New York, 2014.