麻酔中のモニターの推奨事項:世界中でどの程度一貫性があるか

Jan Hendrickx, MD, PhD
ここに提供する情報は安全関連の教育が唯一の目的であって、医学的または法的助言を構成するものではない。個人または団体の回答は論評に過ぎず、教育や討論の目的で提供されるものであって、忠告でも APSF の意見でもない。APSFは、特定の医学的または法的な助言を行うことや投稿された問い合わせに対して特定の見解や推奨を是認することを意図していない。いかなる場合でもAPSF は、かかる情報への依存によって引き起こされた、またはそれに関連して生じたと主張する損害または損失に対して、直接的にも間接的にも責任を負わない。

もしくはモニタリング麻酔中の患者に対するモニターの推奨事項は、患者の安全性を高めることを目的としている。専門組織は、これらの推奨事項を作成して安全な麻酔の実践のための手引きを提供する。患者の安全はすべての麻酔専門家にとって普遍的な関心事であるため、世界中の推奨事項が一貫していると期待するかもしれない。しかしながら、世界中の専門学会が提唱する患者モニターへのアプローチには重要な相違がある。

我々は6 つの異なる学会のモニター基準を比較した(アルファベット順に提示)。

  1. 「基本的な麻酔中のモニター基準」 (アメリカ麻酔科学会 American Society of Anesthesiologists, ASA)1
  2. 「麻酔および回復時のモニタリング基準に関する推奨事項」 (Association of Anaesthesists of Great Britain and Ireland, AAGBI)2
  3. 「麻酔中と回復期の最小限のモニターに関する推奨事項」 (欧州麻酔学会 European Board of Anaesthesiology, EBA)3
  4. 「麻酔中のモニターに関するガイドライン」 (香港麻酔科学会 Hong Kong College of Anaesthesiologists, HKCA)4
  5. 「倫理綱領、実践基準、モニタリング、および教育」(International Federation of Nurse Anesthetists, IFNA)5
  6. 「麻酔の安全な実施のための国際基準」(世界保健機関および世界麻酔科学会連合 World Health Organization and World Federation of Societies of Anaesthesiologists, WHO-WFSA)6

これらの組織は、世界のさまざまな地域の基準のコホート代表として選ばれた。これらの組織間の比較をすることで、既存の相違と一致の可能性を明らかにする。アメリカ麻酔看護師協会American Association of Nurse Anesthetists(AANA)、オーストラリアおよびニュージーランド麻酔学会Australia and New Zealand College of Anaesthetists(ANZCA)など、世界中の他の専門組織も、会員に対し重要な患者安全の手引きとなるモニター基準を公開しており、世界中の基準を調整するためにはあらゆる努力をしてこれらの基準も含めるべきである。7,8

「基準」—それには一体どんな意味が含まれているのか?

ASA(表1)、IFNA、WHO-WFSA、および AAGBI では、タイトルに「基準」という単語が含まれているが、EBA では「推奨事項」、HKCA では「ガイドライン」が使用されている。これらの文書をさらに評価すると、臨床家にとって重要な言語のニュアンスが明らかになる。特に、すべての麻酔の絶対モニター要件と見なされるものと、有用ではあるが必須ではないモニター方法と、これらの区別がどのように決定されるかを理解することが重要である。さまざまなアプローチを調整するには、使用する用語の意味について合意が必要である。

表1:実践パラメーター定義に関する ASA ポリシーステートメント9

エビデンスに基づく
基準
  • ルールまたは最小要件を提供する
  • 患者管理の一般的に受け入れられている原則とみなされている
  • 異常な状況下でのみ変更可能
    複数の臨床試験の結果のメタ分析によってサポートされている
  • すべてまたはほぼすべての専門コンサルタントと調査対象の ASA メンバーが同意
  • 最も厳しい推奨事項
  • 基準を順守しないと実務違反となり、患者を危険にさらすだけでなく、有害事象が発生した場合に擁護が困難な賠償責任を医療者は負うことになる
エビデンスに基づく実践ガイドライン
  • 複数の臨床試験のメタ分析によってサポートされる基本的な管理方法を説明する推奨事項を提供する
  • 専門コンサルタントと調査対象 ASA メンバーの大多数が同意
  • 基準または最小要件であることは意図していない
エビデンスに基づく実践助言
  • メタ分析を可能にするのに十分な数の適切に管理された研究が存在しない患者ケア分野での意思決定を支援するための声明を提供する
  • 基準または最小要件であることは意図していない
基準と実践パラメーターに関する ASA 委員会は、実践パラメーターの新規作成と改訂を監督する委員会である。

EBA 文書は、モニターのための「コア基準」を「患者が麻酔を受ける際に常に使用する」ものと定義している。3 WHO-WFSA は段階的アプローチを使用している。「強く推奨する」基準は必須と見なされる。これが満たされない場合、待機的手術で安全に麻酔をすることができなく、受け入れられないことを意味する。「推奨する」および「提案する」基準は、「資源が許す場合、および提供されるヘルスケアに適切な場合」に実践すべきものである。6

一貫性のないモニター要件

前の段落で言及した「意味論の修飾因子」を念頭に置いて、さまざまな組織の「基準」に含まれる推奨事項の簡潔なレビューを以下に示す。すべての学会が、すべての麻酔患者で有資格の麻酔専門家が連続的に看視し、臨床モニター要件を満たしていることを要求している。すべての学会が、アラームは適切に上下限を適用した状態で作動させて聞き取れることを要求している。ただし、個々のパラメーターの推奨事項には相違がある。この討論の目的上、基準という用語は絶対的な要件を示すものとする。

酸素化

パルスオキシメーターによる血中酸素化のモニターは、全組織間で普遍的な基準事項である。低閾値アラームを伴う吸入酸素 濃度のモニターは、WHO-WFSA 文書以外のすべてで基準事項である。WHO-WFSA文書では「推奨」となっている。皮膚の色のモニターは、AAGBI と EBA 以外のすべてで基準事項である。AAGBI と EBA は「適切な臨床観察として含めてもよいかもしれない」と述べている。2,3

換気

調査対象のすべての組織で、挿管または声門上器具の挿入後に呼気終末 CO2 の検出を要求しており、WHO-WFSA 以外はすべて、その後も呼気終末 CO2 をモニターすることを要求している。WHO-WFSA は、連続的な CO 2 モニターを「推奨」にとどめる理由として、コストの問題と確固たるエビデンスがないことを挙げている。6 換気の定性評価(胸部と呼吸バッグの動き、聴診)は WHO-WFSA、IFNA、EBA では基準事項と見なされているが、ASA、AAGBI、HKCAでは基準事項と見なされていない。吸入CO 2濃度と気道器具のカフ圧のモニターは、HKCA では基準事項であると見なされている。機械換気中のモニターの基準は次のように異なる。呼気容量の測定をASAは「強く推奨」し、WHO-WFSA は「提案」事項としている。1,6 ASA、IFNA、WHO-WFSA 以外のすべてが、気道内圧モニターを基準事項と見なしている。アラーム付きの呼吸器回路の接続外れ検出器は、WHO-WFSA が「推奨」する以外はすべての組織で基準事項である。

循環

心電図 、断続的な血圧測定、心拍数モニターは、WHO-WFSA 以外で一貫した基準事項である。WHO-WFSAはリズムモニターとして 心電図 を「推奨」 にとどめている。AAGBI と EBA のガイドラインでは、心拍数モニターは 心電図 とパルスオキシメーターのモニター要件に暗黙的に含まれている。すべてのガイドラインで、脈拍の触診、心音の聴診、動脈内圧波形モニター、超音波末梢脈拍モニター、または脈波プレチスモグラフィまたはオキシメーターのうちの少なくとも 1 つの方法で脈拍(すなわち、心拍出をもたらす機械的活動)の確認を必要としている。AAGBI および HKCA 基準では、聴診器が「利用可能」であることを必要としている。

体温

どの組織においても、体温を手術中ずっとモニターしなければならない基準としては提唱していない。推奨事項は一貫しておらず、「体温を測定する手段が利用可能でなければならない」から、「30分を超える手術に不可欠」、「体温の臨床的に有意な変化が意図、予想または疑われる場合」に「推奨」まで及ぶ。

腎機能

尿量のモニタリングは言及されていないか、「適切なケースに推奨される」(WHO-WFSA、AAGBI)。

筋弛緩薬投与後の神経筋遮断モニター

推奨事項は、基準(AAGBI)から言及されていない(ASA)まで多岐にわたる。例えば、WHO-WFSA はそれを「推奨」し、EBA は神経刺激装置が利用可能でなければならないと述べ、HKCA は「麻酔医が非脱分極性筋弛緩薬の使用後に抜管を検討しているときはいつも使用すべきである」と述べている。 3,4,6 IFNA は、麻酔専門家が「筋弛緩薬を使用している場合、(利用可能な場合は)神経筋モニターで神経筋機能を測定、評価、および点数化すべきである」と述べている。5

吸入麻酔薬の濃度

吸入麻酔薬の呼気終末濃度モニターは、AAGBI、EBA、HKCA の基準事項である(HKCAではさらに自動化された麻酔薬検出が必要)。WHO-WFSO は、吸入濃度と呼気濃度の両方の測定を「提案」している。6 IFNA は、揮発性薬剤の吸気および呼気麻酔濃度を「可能であれば」連続的に測定することを推奨している。5 ASA 基準では、吸入麻酔薬の濃度モニターについては言及していない。

中枢神経系/無意識に対する薬物効果の測定

HKCAは「脳への麻酔効果をモニターする機器は、特に術中覚醒のリスクが高い患者、例えば筋弛緩薬使用中の完全静脈麻酔を受けている患者、に適用すべきである」と述べている。4 IFNA は、特に全身麻酔下で覚醒のリスクが高い場合に、脳機能を測定することを目的とした電子機器の適用を「考慮する」べきであると述べている。5 WHO-WFSA は、 「普遍的には推奨又は使用されていないが、特に全身麻酔下での覚醒のリスクや術後せん妄のリスクがある場合には、使用を提案する」と述べている。6 AAGBI は「患者が完全静脈麻酔と筋弛緩薬投与を受けている際には、全身麻酔中の偶発的な覚醒のリスクを減らすために、麻酔深度モニターの使用、例えば処理脳波モニターを使用すること」を推奨している。ただし、「呼気終末の麻酔薬濃度を注意深くモニターし、適切な低濃度アラームを設定している場合には、揮発性麻酔薬による全身麻酔下で麻酔深度モニターをルーチンで行うことで偶発的な術中覚醒の発生率を減らすという確固たるエビデンスはない。」と述べている。2 EBA によると、「それらのルーチンでの使用は、推奨される最小限のモニター基準の一部としてまだ十分に考慮されていない」と述べている。3 ASA は、基本的な麻酔モニターの基準において 脳波または 脳波由来指数を考慮していない 。

この簡潔なレビューにより、世界のさまざまな地域の専門組織によって推進された麻酔中のモニターの推奨事項の多くが一貫していないと分かった。一般的に心肺系のパラメーターのモニター基準はほぼ一致している。これは、他の生理系や、不動もしくは無意識など麻酔状態の他の側面にはあまり当てはまらない。

安全性が普遍的であるならば、なぜ推奨事項は普遍的ではないのか?

公開された推奨事項は各組織内のコンセンサスによって作成されているため、結果が世界中で異なることには驚かない。発展途上国のことを考えると、専門組織は資源制約に敏感であり、遵守困難な要件を課すことに消極的である。それでも、患者安全の重要性が地理的に変わるわけではない。WHO-WFSA は、さまざまな学会のガイドラインを調整し、世界中のどこでも遵守することができる実用的な推奨事項を作成するために多大な努力を払ってきた。先進国では、資源制約はそれほど重要ではないため、推奨事項の相違を理解するのがさらに困難である。

一貫させることで利点のある重要な推奨事項はどれか?

呼気終末麻酔薬モニターと麻酔深度モニターの推奨事項は組織ごとに異なるが、麻酔効果を評価するための重要なツールになる可能性があり、さまざまな推奨事項を一致させることを検討する際に考慮すべきである。全身麻酔下での手術中、患者は意識を失い、痛みを感じないことを期待している。10 その目標を達成するために、吸入麻酔薬と静脈麻酔薬の両方が一般的に使用される。吸入麻酔薬を使用する場合、呼気終末麻酔薬モニターにより、吸入麻酔薬が投与されており、適切な用量であることを保証することができる。ただし、上記のように、レビュー対象組織のうちの 3 つのみしか、呼気終末麻酔薬モニターを基準事項と見なしていない。WHO-WFSA は、呼気終末麻酔薬モニターを使用することを「提案」しているが、ASAのモニター基準では吸入麻酔薬モニターに言及すらしていない。静脈麻酔薬を使用する場合、血清濃度を定量的に評価することができないため、処理脳波などの薬物効果の測定が候補として残るのみである。処理脳波モニターの技術的な制限にもかかわらず、すべてではないが複数の組織が、特に術中覚醒のリスクが高い患者に使用することを提唱している。

麻酔専門家の主な責任は、患者の安全を守ることである。資源、賠償責任の懸念、患者のニーズ、および臨床シナリオはすべて、特定の患者のモニターの必要を決定する際に役割を果たす。基準は患者安全に不可欠であり、住む場所に関係なく、すべての患者に共通した保護を提供することを保証するよう努めるべきである。

要約

世界中で、心肺系パラメーターの麻酔中モニター基準はほぼ一致している。他の生理系や、不動もしくは無意識など麻酔状態の他の側面については、これはあまり当てはまらない。この号の関連記事では、Jin、Gan、および Feldman が 脳波ベースの麻酔深度モニターの機能と制限をレビューして、この技術が基準になる可能性について評価している。

 

Dr.Philip と Dr. Hendrickx は、吸入麻酔薬モニターを基準と見なすべきかを検討している。

Dr. Hendrickx は、ベルギーのエースにある OLV Hospital の麻酔科医スタッフである。


情報開示:Dr. Hendrickx は AbbVie、 Acertys、Air Liquide、Allied Healthcare、Armstrong Medical、Baxter、Dräger、GE、Getinge、Hospithera、Heinen & Lowenstein、Intersurgical、Maquet、MDMS、MEDEC、Micropore、Molecular、NWS、Philips、Piramal、Quantium Medical から講義サポート、旅費返済、機器貸借、コンサルティング料、会議の組織的サポートを受けている。


参考文献

  1. Standards for basic anesthetic monitoring. Committee of Origin: Standards and Practice Parameters. Approved by the ASA House of Delegates on October 21, 1986, last amended on October 20, 2010, and last affirmed on October 28, 2015.
  2. Checketts MR, Alladi R, Ferguson K, et al. Recommendations for standards of monitoring during anaesthesia and recovery 2015: Association of Anaesthetists of Great Britain and Ireland. Association of Anaesthetists of Great Britain and Ireland. Anaesthesia. 2016;71:85–93.
  3. European Board of Anaesthesiology (EBA) recommendations for minimal monitoring during anaesthesia and recovery. UEMS Anesthesiology Section, European Board of Anaesthesiology (EBA). http://www.eba-uems.eu/resources/PDFS/safety-guidelines/EBA-Minimal-monitor.pdf Accessed May 7, 2019.
  4. Guidelines on monitoring in anaesthesia. Version 5, May 2017. Document No. HKCA—P1—v5. Prepared by College Guidelines Committee. Endorsed by HKCA council. Next Review Date 2022. https://www.hkca.edu.hk/ANS/standard_publications/guidep01.pdf Accessed May 7, 2019.
  5. International Federation of Nurse Anesthetists (IFNA). Standards of education, practice, and monitoring.
    https://ifna.site/ifna-standards-of-education-practice-and-monitoring/ Accessed August 2, 2019.
  6. Gelb AW, Morriss WW, Johnson W, et al. World Health Organization-World Federation of Societies of Anaesthesiologists (WHO-WFSA) International Standards for a Safe Practice of Anesthesia. International standards for a safe practice of anesthesia workgroup. Can J Anaesth. 2018;65:698–708.
  7. American Association of Nurse Anesthetists (AANA). Standards for nurse anesthesia practice. https://www.aana.com/docs/default-source/practice-aana-com-web-documents-(all)/standards-for-nurse-anesthesia-practice.pdf?sfvrsn=e00049b1_2 Accessed June 10, 2019.
  8. Australia and New Zealand College of Anaesthetists (ANZCA). Recommendations on monitoring during anesthesia. PS 18, 2013. http://www.anzca.edu.au/documents/ps18-2013-recommendations-on-monitoring-during-ana Accessed July 2, 2019.
  9. American Society of Anesthesiologists (ASA). Policy statement on practice parameters. Approved by the ASA House of Delegates on October 17, 2007, and reaffirmed on October 17, 2018. https://www.asahq.org/standards-and-guidelines/policy-statement-on-practice-parameters Accessed June 10, 2019.
  10. Tononi G. Consciousness, sleep, and anesthesia. John W. Severinghaus Lecture, ASA annual meeting, 2011. ASA https://player.vimeo.com/video/184392252 Accessed May 24, 2019.