麻酔における薬剤安全へのAPSFの40年間の取り組み

by Aubrey Samost-Williams, MD, MS;Jeffrey Cooper, PhD;Arney Abcejo, MD;Elizabeth Rebello, MD, FASA, FACHE

10月 1, 2025

サマリー: 

APSFはこの40年間、研究、教育、システム設計、および提言活動を通じて、麻酔における薬剤安全の向上を推進してきた。その進展には、ラベリング基準、技術導入、ならびに予防可能な有害事象の継続的な低減につながる文化的変革が含まれる。

40年にわたる 薬剤投与による患者への予防可能な有害事象ゼロという目標に向けた着実な進歩麻酔専門職として、患者安全の向上に取り組んでいると、まるでトレッドミルの上を走っているように感じられることが少なくない。私たちは毎日その上に乗り、前へ向かって全力で走るが、どれほど疲れても、自分たちは一歩も前進していないように思えることがある。しかし、 Anesthesia Patient Safety Foundation(APSF)の40周年を祝うにあたり、薬剤投与に起因する患者への予防可能な有害事象をゼロにするという目標に向けた40年にわたる着実な進歩があったこともまた、私たちが祝うべきものであることをお伝えしたい。

APSFは1985年の設立以来、一貫して麻酔診療における薬剤安全を優先課題としてきた。APSFはその歴史の早い段階から、薬剤エラーを患者安全上の重要な懸念事項として認識していた。1987年には、APSF Newsletterにおいて、外観が類似した薬剤によるエラーに関する問題が取り上げられた。1,2 それ以降、 APSF Newsletterには薬剤安全に関する140本を超える記事が掲載され、混同やエラーを低減するための薬剤濃度および機器の標準化の重要性が強調されてきた。3 APSFはAPSF Newsletterを通じて、周術期における薬剤エラーの軽減に向けた研究成果、ベストプラクティス、および専門家の提言を発信してきた。

手術室における薬剤投与は、特殊で困難を伴うプロセスである(図1)。病院内の他のいかなる場面においても、同一人物が(1)薬剤および用量を選択し、(2)薬剤を調製し、(3)薬剤を投与することはない。これに対し、手術室以外の場面では、これら3つの機能は、(1)医師、フィジシャンアシスタント(Physician Assistant)または診療看護師(Nurse Practitioner)、(2)薬剤師または薬局技術者(Pharmacy Technician)、(3)病棟看護師によって担われる。これらの独立したチームメンバーは、プロセス全体を通じてモニタリングおよびダブルチェックを行う。手術室では、これら3つの業務を1人の麻酔専門職が担い、緊急の救命的状況では秒単位の迅速な対応が求められる。

図1: 入院病棟における薬剤投与プロセスと手術室における薬剤投与プロセスの比較。タイミングは、Bhansaliら、<sup>7</sup>Yenら、および院内薬局データに基づい<sup>8</sup>て推定された。

図1: 入院病棟における薬剤投与プロセスと手術室における薬剤投与プロセスの比較。タイミングは、Bhansaliら、7Yenら、および院内薬局データに基づい8て推定された。

初期の薬剤安全への取り組みは麻酔専門職の行動に焦点を当てており、安全性向上のための方策は通常、ラベルの注意深い確認を促す教育プログラムや、ラベルをより判読しやすくするためのデザイン改善を通じて進められていた。安全科学の成熟に伴い、注意力を重視するだけでは薬剤エラーの予防として不十分であることが認識されるようになった。むしろ、重点は、強制機能の導入と、フィードバック機構および制約条件の構築へと移された。薬剤エラーに対する考え方のパラダイム転換の必要性が、薬剤安全に焦点を当てた2010年のAPSF Stoelting会議開催につながった。

2010年APSF STOELTING会議(薬剤安全)

この会議では、臨床医に対してより注意を払うよう求めるだけの薬剤安全対策を超え、専門家コンセンサスに基づく枠組みの構築に焦点が当てられ、その結果、Standardization(標準化)、Technology(テクノロジー)、Pharmacy/Prefilled/Premixed(薬局、プレフィルド、プレミックス)、およびCulture(文化)から成るSTPCフレームワーク(表1)が策定された。4

表1:2010年提言とSTPCフレームワーク

Standardization(標準化)
  • ハイアラート薬は標準化された濃度で提供されるべきである。
  • 持続投与は電子制御スマートデバイスを用いて実施すべきである。
  • 機械可読ラベルは必須とすべきである。
  • 麻酔ワークステーション内における薬剤配置の標準化および輸液ライブラリに関するプロトコルを実施すべきである。
  • 致死的となるおそれのある薬剤の高濃度製剤は、手術室に存在させるべきではない。
Technology(技術)
  • すべての麻酔実施場所には、薬剤を調製前または投与前に識別するための仕組みを備えるべきである。
  • システムはフィードバック、意思決定支援、および記録を提供すべきである。
  • 必須の安全チェックリストならびに輸液ポンプのユーザーインターフェース改善を求めるべきである。
  • 技術使用者に対するトレーニングおよび認証制度を確立すべきである。
Pharmacy/Prefilled/Premixed(薬局/プレフィルド/プレミックス)
  • 日常的な医療従事者による薬剤調製は中止すべきである。
  • 臨床薬剤師は周術期チームに組み込むべきである。
  • 症例のタイプに応じた標準化された事前調製済み薬剤キットを使用すべきである。
  • 自動薬剤払出機器は手術室エリアに導入すべきである。
Culture(文化)
  • 薬剤エラー(ヒヤリ・ハットを含む)の報告と、そこからの学習のために、「公正な文化」を確立すべきである。
  • 薬剤安全に関して必須の教育を実施すべきである。
  • 施設間、専門職団体、および認定機関間での協力を促進すべきである。

STPC:Standardization(標準化)、Technology(技術)、Pharmacy/Prefilled/Premixed(薬局/プレフィルド/プレミックス)およびCulture(文化)

2018年APSF STOELTING会議(薬剤安全)

2018年のAPSF年次会議でも、再び薬剤安全が主題として取り上げられた。この会議では、標準化やヒューマンファクターの重視といった2010年と共通するテーマが引き継がれた一方で、薬剤の安全性プロファイルや薬剤不足など、薬剤安全に関する新たな課題についてもさらに検討が広げられた(表2)。5

表2:2018年Stoelting会議薬剤安全に関する提言。

薬剤安全
より安全性が高い可能性のある麻酔薬を特定し、その使用を推進する
  • 亜酸化窒素に関する研究を奨励する
  • 術後疼痛に対する多角的アプローチの日常的使用を推奨する
  • 周術期患者に対する換気の持続的モニタリングを推奨する
  • FDAと連携し、新規かつより安全性が高い可能性のある麻酔薬を特定するためのワーキンググループを招集する
薬剤不足
情報を共有し、オーダーを簡素化し、緊急時対応計画を策定する
  • APSFウェブサイト上で最新の薬剤不足情報を提供する
  • 一般的に使用される薬剤の濃度標準化に向けた取り組みを奨励する
  • FDAに対し、製造業者/供給業者の品質評価レポートカードの開発を促す
  • 薬剤不足および品質問題に関するリスクの共有につながる契約プロセスを促進するために連携する
  • FDAに対し、薬剤不足のリスク低減に向けて製造業者に緊急時対応計画の策定を義務付けるよう促す
薬剤投与エラーの低減
手順および投与量を標準化し、投与を慎重に記録し、調製を簡素化する
  • プレフィルドシリンジおよび標準化カートの使用を奨励し、推奨する
  • 投与前の薬剤識別および記録を奨励する
  • 投与された薬剤を識別し記録できる技術の開発を奨励する
  • 連携が促進され、すべての個人が患者安全を向上させる機会を見出すことが奨励されるような周術期の職場環境を促進する取り組みを推進する
標準化とイノベーション
分野横断的に連携し、洗練された標準に向けた合意を形成する
  • 薬剤濃度および薬剤ラベリングの標準化に関する合意形成を推進する
  • 高リスク薬の提供プロセスを医療システム内で標準化するよう促進するために連携する
  • バイアルおよびシリンジの標準化ラベリングの開発のための助成金を設ける

会議間の活動

図2:外観が類似した薬剤バイアル(写真提供:Christopher Seiter, DO)

図2:外観が類似した薬剤バイアル(写真提供:Christopher Seiter, DO)

薬剤安全に関するStoelting会議は、薬剤のより安全な使用を推進する私たちの共同の取り組みに大きな後押しとパラダイムシフトをもたらしてきたが、その間に積み重ねられてきた地道な努力を見過ごすべきではない。ここでは、最近の主な取り組みと成果をいくつか紹介する。

  • 2018年には、Stoelting会議を受けて、APSFがLook-Alike Drug Vials Gallery(図2)の掲載を開始した。患者に及ぶリスクを鮮明に可視化したことにより、これらの課題への対応を開始するための業界との連携構築が促進された。
  • 2021年には、APSFは患者安全優先事項アドバイザリーグループを設置し、そのうちの一つは薬剤安全に重点を置いていた。このグループには、麻酔科医、認定登録麻酔看護師(CRNA)、麻酔科アシスタント、麻酔科研修医、薬剤師、周術期看護師、医療過誤を専門とする弁護士、ならびに製薬企業および医療機器企業を代表する業界関係者など、多様な主要ステークホルダーが参加していた。現在、このグループは、直近の2024年Stoelting会議から示された提言の実施に取り組んでいる。
  • APSFは、トラネキサム酸(TXA)の髄腔内投与に関する一連の薬剤エラーを報告した。6 啓発活動および業界との連携を通じて、周術期環境におけるTXA輸液バッグの利用促進とTXAバイアル使用の削減を推進することができた。
  • さらに2024年には、APSFはInstitute for Safe Medication Practices(ISMP)と連携し、投与薬剤の調製時におけるバイアル上部のコアリングに関する報告の増加を調査し、米国全土の麻酔専門職に向けて警告を発出した。
  • 2023~25年にかけて、APSFは、異なる薬剤クラスのラベルに用いられる色分けを標準化するAmerican Society for Testing and Materials(ASTM)規格D4774の再導入に向けた提言活動を支援した。これは一見すると専門的で難解に思えるかもしれないが、これらの業界全体に関わる標準化に対するAPSFの働きかけにより、日々手術室で使用する機器に、臨床に従事する麻酔専門職の懸念が反映されることが保証されている。

2024年APSF STOELTING会議:麻酔ケアの変革:薬剤エラーとオピオイド安全性についての詳細

最後に、2024年のAPSF Stoelting会議でも再び薬剤安全が主題として取り上げられた。2018年と同様に、その時点に特有の状況と課題が、薬剤安全の問題に対して異なる視点をもたらした。

薬剤安全を主題とした前回のStoelting会議からの6年間において、オピオイドの有害性に関する私たちの理解は大きく進展した。その有害性は、術直後の期間にとどまらず、オピオイド依存症の蔓延によって地域社会が深刻な被害を受けている現状が示すように、より広い範囲に及ぶものである。多角的疼痛管理アプローチを採用するEnhanced Recovery After Surgery(ERAS)プロトコルの普及と、周術期オピオイドの適切な役割および投与量をめぐる議論の高まりを背景に、オピオイドをいかに適切に使用するかについて活発な討論が行われた。

さらに、人工知能は、わずか6年前には想像もできなかった水準にまで急速に発展してきている。私たちは今や、薬剤ラベルをスキャンして患者にアレルギーがないことをソフトウェアが確認するといった単純な電子的ダブルチェックを超えて進むことが可能となっている。現在では、患者の現在の生理学的状態に照らして、投与しようとしている薬剤が適切な選択であるかどうかの判断を支援する臨床意思決定支援ツールを想定できるようになっている。この種の技術は、安全性向上のための新たな道を切り開く一方で、新たな課題と新たな安全上のリスクももたらしている。

これらの新しい技術と新しい課題にもかかわらず、この会議では、薬剤安全において直面している多くの課題が、40年前のAPSF設立当初から存在していることも認識された。私たちは依然として、基本的なシリンジ取り違えや、濃度の違いによる薬剤投与量エラーといった課題に直面し続けている。これまでの2回の会議では、これらの課題に対し、ヒューマンファクターおよびシステム安全の原則に基づく取り組みの必要性が提起されてきた。これらのプロセス改善と、薬剤安全に関するベストプラクティスの特定の重要性が認識されているにもかかわらず、実装には大きなギャップが存在している。

2024年APSF Stoelting会議に先立って実施された事前アンケートでは、薬剤安全に関心と指導的立場を有する参加者(n=69)において、標準化された薬剤ラベリング、少なくとも3種類以上の薬剤に対するプレフィルドシリンジ、自動払出キャビネットまたは薬剤トレー用に標準化された薬剤収納引き出しといった実践を完全に導入している施設は半数未満であることが報告された。回答者は、薬剤安全のための主要な標準化戦略として、シリンジラベルのデザイン、色分けされたシリンジラベル、標準化された濃度、プレフィルドシリンジ、および手術中における標準化された薬剤保管場所を含めるべきであると報告した。さらに、術前評価、術後モニタリング、および非オピオイド代替法に関する研究は、オピオイド関連有害事象を予防するために優先されるべき対策である。

したがって、比較的新しい分野である実装科学に焦点を移すことで、これらの薬剤安全ベストプラクティスの実施を妨げている障壁をより的確に特定できる可能性がある。今年の提言でもこれまでに強調されてきた実践を引き続き推奨するが、命を救いうると分かっている対策を各施設が確実に実施できるよう支援することを目的とした成果物の作成が目指されている。

結語

40年という歳月は長い。私たちの薬剤投与は、銅製ケトルから可変バイパス式気化器へ、また比較的限られた薬剤選択肢から自動薬剤払出キャビネット一式へと進化してきた。しかし、私たちの医療が進化してきたのと同様に、薬剤安全の実践も、教育や方針による介入から、ヒューマンファクター、最先端技術、システム工学、および実装科学を取り入れた戦略へと進化してきた。システム上の課題に対する注目は高まり、個人を責める姿勢は弱まってきている。この分野での取り組みを通じて、私たちは手術室やPACUを超えて視野を広げる周術期医療従事者へと発展し、地域社会と患者を守ることができる。この進歩の多くは、薬剤師、看護師、施設幹部、業界、医療安全組織、標準策定機関、および連邦機関とチームとして連携することによって達成されてきた。この40年間は実に刺激的な歩みであり、次の40年間が何をもたらすのかを楽しみにしている。

 

Aubrey Samost-Williams, MD, MSは、UT Health Houston麻酔科学の助教授(日本の講師・助教に相当)である。

Arney S. Abcejo, MDは、Mayo Clinic麻酔科学の准教授である。

Jeff CooperはHarvard Medical Schoolの名誉教授(退職)である。

Elizabeth Rebello, MD, FASA, FACHEは、University of Texas MD Anderson Cancer Center麻酔科・周術期医学部門の教授である。


著者らに開示すべき利益相反はない。


参考文献

  1. Brauer, Rendell-Baker L. Fatal potassium error.APSF Newsletter.1987;2(2). https://www.apsf.org/article/fatal-potassium-error/ Accessed June 30, 2025.
  2. Rendell-Baker L. Better labels will cut drug errors.APSF Newsletter.1987;2(4). https://www.apsf.org/article/better-labels-will-cut-drug-errors/ Accessed June 30, 2025.
  3. APSF Newsletter Archives—Anesthesia Patient Safety Foundation. https://www.apsf.org/apsf-newsletter/archives/ Accessed June 30, 2025.
  4. Eichorn J. APSF hosts Medication Safety Conference.APSF Newsletter.2010;25(1). https://www.apsf.org/article/apsf-hosts-medication-safety-conference/ Accessed June 26, 2025.
  5. Anesthesia Patient Safety Foundation.Recommendations of the four work groups at the 2018 APSF Stoelting Conference on Medication Safety. https://www.apsf.org/medication-safety-recommendations/ Accessed June 26, 2025.
  6. Lefebvre PA, Meyer P, Lindsey A, et al. Unraveling a recurrent wrong drug-wrong route error—tranexamic acid in place of bupivacaine: a multistakeholder approach to addressing this important patient safety issue.APSF Newsletter.2024;39:37, 39–41. https://www.apsf.org/article/unraveling-a-recurrent-wrong-drug-wrong-route-error-tranexamic-acid-in-place-of-bupivacaine/ Accessed June 30, 2025.
  7. Bhansali P, Birch S, Campbell JK, et al. A time-motion study of inpatient rounds using a family-centered rounds model.Hosp Pediatr.2013;3:31–38.PMID:24319833.
  8. Yen PY, Kellye M, Lopetegui M, et al. Nurses’ time allocation and multitasking of nursing activities: a time motion study.AMIA Annu Symp Proc.2018;1137–1146.PMID:30815156.