PONV対策におけるドーパミン拮抗による制吐薬:新しい時代に突入?

Connie Chung, MD; Joseph W. Szokol, MD, JD, MBA

はじめに

吐き気を経験する患者前世紀の後半、ドーパミンD2受容体拮抗薬は術後の悪心/嘔吐(post-operative nausea and vomiting, PONV)対策の主力であった。1 しかし、21世紀に入り急激にその使用が低下した。主に安全性への懸念が高まった結果であり、特に、米国食品医薬品局(Food and Drug Administration, FDA)が、このクラスで最も広く使用されている薬剤であるドロペリドールに対してブラックボックス警告をだしたことがその原因である。1

現在、このクラスの医薬品への関心が新たに高まっている。特に、2020年にPONVの予防と治療のためにFDAによって承認された新規薬剤であるアミスルプリドは、予防できなかった場合のレスキュー治療用に承認された唯一の薬剤である。

D2拮抗薬に関するエビデンスの再評価は、これらが安全性または有効性の点で代替薬がないことを示唆している。D2拮抗薬には少なくとも構造が異なる3 つのサブクラス(ベンズアミド、ブチロフェノン、フェノチアジン)があり、幅広い薬理学的特性と副作用プロファイルを持つ(表1)。

表 1:D2制吐薬のサブクラス

表 1:D<sub>2</sub>制吐薬のサブクラス

安全性

D2拮抗薬はもともと制吐薬として使用されており、古典的な神経遮断薬であり、第一世代抗精神病薬(first-generation antipsychotics, FGA)であった。2 D2拮抗薬(制吐薬)は中枢神経系(Central nervous system, CNS)に、さまざまな影響を与える。精神不安や認知障害などの鎮静および神経精神医学的影響がおこる可能性がある。2 錐体外路症状(Extrapyramidal symptoms, EPS)には、遅発性ジスキネジア、ジストニア、アカシジアなどがある。2悪性症候群(Neuroleptic malignant syndrome, NMS)は、発熱、精神状態の変化、筋硬直、自律神経の不安定性を呈し、下垂体のD2受容体の拮抗作用により高プロラクチン血症を引き起こす。2 さらに、カリウムイオンチャネルへの結合は、QT延長とトルサード・ド・ポワントを引き起こす可能性がある。2 アミスルプリドは、FGAsよりも脳への移行が少ない「非定型」または第2世代の抗精神病薬であり、3 これらの副作用の発生率が低くなる。2

D2拮抗薬の副作用の一部は用量依存的であるが、毒性があることは確かで、減量することが効果に与える影響に関するエビデンスはない。さらに、頻度は減少するものの、遅発性ジスキネジア、精神不安、トルサード・ド・ポワントなどの有害事象が患者に大きな影響を与える可能性がある。粗発生率は、臨床的な苦痛を適切に反映していない可能性がある。したがって、医療提供者が最適な処方決定を行うためには、利用可能なD2拮抗薬の相対的なリスクを理解することが不可欠である。

ベンズアミド

アミスルプリドは、置換型ベンズアミドD2拮抗薬、5-HT2B/5-HT7Aセロトニン拮抗薬であり、血液脳関門の通過性が低く、アドレナリン受容体、ヒスタミン受容体、コリン作動性受容体への親和性が低く、抗コリン作用および鎮静作用の発生率は低い。4 アミスルプリドは大脳辺縁系によく結合するため、EPSの発生率も低い。4 2020年のコクランのネットワークメタ分析では、アミスルプリドの有害事象発生率はプラセボと同程度であることが報告された。5 アミスルプリドによるプロラクチンレベルの上昇は、妊娠していない女性の基準を超えず、6 アミスルプリドは、カリウムチャネルに対する親和性が弱いため、PONV対策に使用される用量ではQT間隔を有意には延長しない。7 最近の研究では、アミスルプリドはPONVの予防8 とPONVのレスキュー治療9 の両方に有効であることが示されている。その他のベンズアミドD2拮抗薬はメトクロプラミドであり、これは弱いD2、5-HT3​​拮抗薬であり、鎮静、EPS、胃平滑筋細胞の刺激による消化管の不快感など用量依存性の副作用がある。10 これまでの報告からすると、メトクロプラミドは、他のD2拮抗薬を利用できない施設では有用かもしれないが、そうでなければ、PONV対策にはあまり効果的ではないかもしれない。1

ブチロフェノン

ドロペリドールはブチロフェノンD2拮抗薬であり、過去に低用量がPONV予防の第一選択薬として使用されていた。1 これは、鎮静、不快感、不安、アカシジア、とりわけQT延長を引き起こす。11 心臓突然死の事例は、2001年のFDAのブラックボックス警告につながり、その使用は大幅に減少したが、1 2020年のコクランのネットワークのメタ解析によれば、制吐目的で使用される量のドロペリドールでは、有害事象の発生率はプラセボと同等であった。5 ドロペリドールに関するFDAのブラックボックス警告の後、別のブチロフェノンであるハロペリドールへの関心がPONV対策において高まった。1 ハロペリドールは鎮静作用、EPS、神経毒性、QT延長を起こす。2007年にFDAはハロペリドールが静脈内投与や推奨よりも高用量投与された場合にトルサード・ド・ポアントとQT延長が観察されたことを医療提供者に警告し、添付文書を更新した。特に、ハロペリドールはPONV対策のための静脈内投与は認可されていないことを強調した。12 しかし、ハロペリドールの低用量の静脈内投与は、PONV予防のための単回投与であれば、安全かつ有効であることが示唆されている。12

フェノチアジン

プロクロルペラジンは、最も一般的に使用されるフェノチアジンD2拮抗薬およびFGAであり、鎮静、EPS、抗コリン作用(食欲不振、かすみ目、便秘、粘膜の乾燥、尿閉など)、起立性低血圧につながる抗アドレナリン作用、痙攣閾値の低下をもたらす。13 プロメタジンは、別のフェノチアジンD2拮抗薬で抗ヒスタミン作用を持ち、鎮静をもたらすが、静脈内投与製剤は刺激性と腐食性があり、静脈からの血管外漏出時に重度の組織損傷を引き起こす。14

D2拮抗薬副作用

D2拮抗薬は顕著な薬物相互作用を有する可能性があり、QT延長症候群の患者、またはQT間隔を延長する薬を服用している患者に対しては、さらに延長するリスクがあるため推奨されない。15 一般的に使用される制吐薬であるオンダンセトロンもQT間隔を延長する可能性があるが、オンダンセトロンとドロペリドールの組み合わせによって誘発されるQT間隔延長は、各薬剤単独で誘発されるものと差はない。1 D2拮抗薬は、心拍数を低下させ、低カリウム血症を誘発する薬を服用している患者のQT間隔延長を増強する可能性があり、D2拮抗薬と抗精神病薬の併用では、遅発性ジスキネジアと NMS の相加的なリスクが生じる。15 さらに、パーキンソン病のレボドパや高プロラクチン血症のカベルゴリンなどのドーパミン作動薬を服用している患者は、D2拮抗薬を避ける必要がある。15 最後に、D2拮抗薬は、ノルエピネフリンを分解するモノアミンオキシダーゼ(MAO)の阻害剤と一緒に投与されるべきではない。D2拮抗薬作用によってノルエピネフリンが蓄積し、末端器官の反応が増強されるためである。16

Best practices for postoperative brain healthsでは、D2拮抗作用による制吐薬は中枢性抗コリン作用(フェノチアジン)、EPS(ベンズアミド)、遅発性ジスキネジア、せん妄、NMS(ブチロフェノン)を引き起こす可能性があるため、65歳以上の患者では慎重投与あるいは避けるべきとされている。 17 また、認知症の高齢患者は、脳血管障害のリスクが高くなり、これらの薬剤によって認知機能の低下と死亡率が高くなる可能性がある。17 成人患者と同様に、小児患者はD2拮抗薬によってEPやQT間隔延長をおこす可能性がある。18

PONVおよび臨床実践ガイドライン

PONVは、麻酔後ケアユニット(postanesthesia care unit, PACU)滞在の延長、予期せぬ入院、および医療費の増加の一因となる。1 2020年に公開されたPONVの対策に関する第4版コンセンサス ガイドラインでは、ハイリスク患者の特定、PONVリスクの基本的対策、予防法の選択、PONVのレスキュー治療について概説されている。1 ここでは、ガイドラインからの2つの重要な結論を強調する。PONVの予防は、麻酔の不可欠な側面と見なされるべきであり、したがって、PONVの危険因子が1つまたは2つでもある患者は、マルチモーダルなPONV予防を受ける必要がある。1 さらに、PONV治療は、最初に投与された予防薬とは異なる薬理学的クラスの制吐薬で構成する必要がある。1 つまり、オンダンセトロンは一般的に再投与されているが、再投与する利点はない。1

さまざまなD2拮抗薬がPONVの予防と治療の両方で有益な役割を果たすことが報告されている。複数のランダム化比較試験とレトロスペクティブデータベース分析では、非D2拮抗薬の制吐薬とさまざまな古いD2拮抗薬(ドロペリドール、ハロペリドール、プロメタジン)との併用レジメンがいずれかの薬剤単独よりも効果的であることが示されている。5,19-21 ただし、これらの薬剤の使用は減少している。19 今日まで、アミスルプリドは6つの臨床試験でPONV対策について評価されている。19,20 そのうち5研究は単剤療法を評価し、PONVの予防と治療においてアミスルプリドがプラセボよりも優れていることを示している。6,8,22,23 Krankeらは、アミスルプリドとオンダンセトロンまたはデキサメタゾンとの組み合わせは、オンダンセトロンまたはデキサメタゾン単独よりも、PONVの低減およびPONVのレスキュー治療として有効であることを示した。8

結論

マルチモーダルなPONVの予防と対策は、特に術後回復強化(enhanced recovery after surgery, ERAS)パス、外来手術患者、感受性や脆弱性が高い高リスク患者の治療において重要である。D2拮抗薬は、研究のエビデンスからは有効であると考えられるが、多くの副作用もあり、その使用は制限される。24 ただし、アミスルプリドは、良好な安全性プロファイルを備えたD2拮抗薬であり、PONVの予防と治療薬としての使用がFDAに承認されている。したがって、アミスルプリドの他の単剤制吐剤との比較、併用療法での使用、費用便益分析を行うために、より多くの研究が必要である。

 

Connie Chung, MDは、ロサンゼルスのUniversity of Southern California Keck School of Medicineの麻酔科助教である。

Joseph W. Szokol, MD, JD, MBAは、ロサンゼルスのUniversity of Southern California Keck School of Medicineの麻酔科教授である。


著者らに開示すべき利益相反はない。


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