術後前頸部血腫(Anterior Neck Hematoma, ANH):迅速な介入が不可欠

Madina Gerasimov, MD, MS; Brent Lee, MD, MPH, FASA; Edward A. Bittner, MD, PhD
サマリー: 

サマリー:前頸部血腫(Anterior Neck Hematoma, ANH)は、頸部の外科手術後には常に発生する可能性がある気道閉塞によって、生命を脅かす可能性がある緊急事態である。ANHによる完全な気道閉塞は、非線形で予測不可能に進行し、警告なしに急激に進行する可能性がある。麻酔専門家は、ANHを診断し、外科医がすぐに対応できない場合に介入する準備をしなければならない。患者の安全のために、麻酔の臨床家は、一般的な麻酔専門家のスキルセットの範囲外である緊急の状況で、外科的介入を実行できるように訓練する必要がある。

序論

前頸部血腫(ANH)は、頸部への外科的介入後いつでも発生する可能性がある気道閉塞へと急速に進行する可能性がある。通常、ほとんどの患者は最初の手術から24時間以内に来院する。1 ANHの患者は、生命を脅かす緊急事態を緩和するために迅速な介入が必要である。この重要な外科的合併症とそれに関連するANHの特定の症例に関する課題を解説する。

症例

49歳の男性が甲状腺癌と診断され甲状腺全摘術を受けた。併存症として、一過性脳虚血発作、高血圧、慢性閉塞性肺疾患/喘息があった。患者はヘビースモーカーであり、アスピリン(81mg)と頓用のアルブテロール吸入が術前投与薬であった。検査結果はすべて正常範囲内であった。順調に手術を終えた後、患者は麻酔後ケアユニットで5時間の観察後に退室し、外科病棟に移送された。翌日、彼は、痛み、嚥下障害、嚥下痛を伴う頸部の腫れを訴えた。声の変化と呼吸困難症状の訴えはなかった。

最初の検査では、急迫症状はなく、流涎や喘鳴はなく、意識晴明で、見当識があった。患者は体重123 kg、肥満度指数36でバイタルサインは、室内空気呼吸下で経皮的酸素飽和度98%、血圧167/97、心拍数70、呼吸数18、体温37.2°Cであった。被覆を外した後、前頸部コンパートメントに直径約8cmの波動する腫脹が確認された。身体所見では、痛み、巨舌、および気道確保評価がマランパティ分類クラス4のため、術前と比較して開口が制限されていた。

これらにより、気道確保困難のためのカートがベッドサイドに用意された。緊急対応の麻酔科医師が呼び出され、患者は、出血源を評価するために、頸部のコンピューター断層撮影血管造影のために放射線科に搬送された。画像診断によって、前頸部の著しい腫れ、気管正中線、気道の開存、輪状軟骨右側のアクティブな造影剤漏出が明らかになった(図1)。

図 1:矢印は、上甲状腺動脈から輪状軟骨の右側へのアクティブな造影剤漏出を示し、気管の前方に血腫が形成されている。(PとIはこの図とは無関係である)

図 1:矢印は、上甲状腺動脈から輪状軟骨の右側へのアクティブな造影剤漏出を示し、気管の前方に血腫が形成されている。(PとIはこの図とは無関係である)

気道確保のために手術室に直ちに搬送することが決定された。気道の局所麻酔には、4%のリドカインをネブライザーを介して5分間投与した。投与後まもなく、患者は不安状態になり、興奮し、協力的でなくなった。経口ファイバー挿管が何度か試みられたが、脆弱な浮腫状粘膜と出血が視野を妨げ、失敗した。

外傷外科医との電話相談の後、麻酔専門家によって創傷に沿って縫合糸が開かれ、全身麻酔がプロポフォールで導入された。Iゲルラリンゲアルマスクを挿入して、直ちに換気を行った。広頸筋の縫合は、外科医の指示に従って鈍的切開によって開かれ、気管が露出した。血腫と凝血塊が一部押し出された。6.0mmの気管チューブをラリンゲアルマスクを通して気管に進め、正しい位置を気管の直接触診と呼気終末CO2の検出によってまず確認した。全体を通して血行動態は安定していた。外傷外科医が挿管後に到着し残りの血腫を除去した。患者は気道浮腫の懸念のために術後は挿管されたままであり、翌日問題なく抜管された。

考察

麻酔専門家は、麻酔後ケアユニット、手術室、集中治療室、救急科、病棟などさまざまな臨床現場でANHの患者に遭遇する可能性がある。ANHの実際の発生率は、これらの症例が現在の文献で過少報告されている可能性があるため、推定するのは難しい。2 医療過誤保険会社から得られたクローズドクレームデータは有益だが、あらゆる臨床的に重要な症例のほんの一部にすぎない。ANHに関与する予測要因は、手術、患者背景、または基礎疾患に関連している可能性がある(表1)。

表 1:手術特有の危険因子

手術特有の危険因子
前椎間板切除術10

  • 3椎体以上の露出
  • 過度の牽引
  • 300ml 以上の出血
  • 上位頸椎レベルの露出
  • 5時間以上の手術時間
甲状腺切除術/
副甲状腺摘出術
11-15*

  • 回復室での空嘔吐・嘔吐、術後高血圧、便秘
  • 両側性/全切除(片側/部分切除と比較して)*
頸動脈内膜剥離術16

  • ヘパリンの不完全拮抗
  • 術中低血圧
  • 全身麻酔
  • 術前の抗血小板薬使用
  • 止血不十分
  • 頸動脈シャント留置
頸部郭清術(根治的または部分的)

  • 過度の組織牽引17
中心静脈ライン留置18,19

  • 複数回の穿刺
  • 解剖学的ランドマークの使用(超音波ガイドと比較)
神経ブロック20
患者に関連する危険因子2
  • 凝固障害
  • 男性
  • 黒色人種
  • 4つ以上の併存疾患(例:腎不全、糖尿病、冠動脈疾患、高血圧)
*両側性/甲状腺全摘術と片側性/部分的切除を比較した発症率に関するデータはまだ一貫していない。しかし、放射線療法、切除範囲の拡大、および切開範囲は関係している。

病態生理学

出血源を検討する場合、静脈出血は分布がより複雑であり、発生部位を特定するのがより困難であることが多いことを覚えておく必要がある。逆に、動脈出血はより明白であり、塞栓術を含むさまざまな介入適応となる。最近の症例シリーズとレビューでは、上甲状腺動脈からの動脈出血は術後16日まで発症する可能性があることが指摘されている。3,4

一般に考えられているのとは異なり、気道障害と気道確保困難につながるANHの病態生理は、気管偏移、咽頭気道閉塞、骨による支持がない後部の気管圧迫をもたらす血腫による圧迫の直接的な影響に部分的にしか関連していない。

気道障害の主な原因は、血腫による静脈血とリンパ液の排出障害である。5 これらの低圧容量血管は、拡大する血腫によって容易に圧迫されるが、動脈は喉頭軟部組織、舌、および咽頭後部に血液を送り続ける。背圧が上昇すると、血漿がこれらの血管から漏れて周囲の組織に拡散し、急速に悪化するフィードバックループで静脈とリンパ管の圧迫をさらに加速させる。浮腫の程度は必ずしも体表の腫脹の程度と相関しているわけではなく、凝血塊の排出直後に軽減されない可能性があるため、診断と治療がより困難になることに注意することが重要である。5

最後に、組織面に沿った血管系の解剖に続発して、首の間隙を伝って出血の拡大が促進され更に浮腫が増強する。5 したがって、ANHの患者を評価するときは、突然の致死的な気道障害が警告なしに発生する可能性を念頭に置くことが重要である。したがって、気道確保困難、縫合糸の除去、気管切開の機器を準備することが最も重要である。提示された症例の患者は評価のためにCTスキャンに送られたが、スキャナー内で患者の綿密なモニタリングができないこと、および搬送と撮像時間のための遅延を考えるとこの方法は推奨できない。ベッドサイド超音波の使用は、血腫のサイズと位置、組織浮腫の程度、および気道の開存性について頸部の内部構造を評価するために、良い代替手段となる可能性があり、麻酔科専門家は使い慣れている。17

発生中のANHのタイムリーな認識と介入によって救命できる可能性がある。したがって、そのような患者をケアするすべての医療提供者は、気道閉塞につながるANHの兆候と症状を理解することに精通し(表2)、迅速に介入できるように訓練されるべきである。診断の遅れに関与する可能性があるいくつかの要因には、不透明な被覆、頸椎カラー、検査不足、全体的な警戒あるいは認識の欠如が含まれる。

表 2:前頸部血腫(Anterior Neck Hematoma)—徴候と症状

初期 後期
頸部痛の増強 嚥下困難または嚥下痛/流涎
頸部非対称 顔面浮腫
頸囲の変化 舌の肥大
排水力の変化 気管偏位
頸部の締め付け感 頸部の弓隆
高血圧 息切れ/頻呼吸
頸部の変色 喘鳴
興奮
頻脈
声の変化

処置

ANH患者の迅速な臨床管理を支援するために、我々はANH患者のケア経路を提案するアルゴリズムを開発した(図2)。このアルゴリズムはまだ公開されておらず、臨床的に検証されていない。

図 2:前頸部血腫:気道確保経路<br /> <b>略語:</b> CT(コンピューター断層撮影)、FOB(ファイバー気管支鏡)、ICU(集中治療室)、IV(静脈内)、HTN(高血圧)、HR(心拍数)、OR(手術室)、SOB(息切れ)、US(超音波)

ANHが疑われた場合は直ちに、素早い連絡と外科チームによる評価の必要がある。より侵襲的な介入の前に、頭部の挙上、100%酸素またはヘリオックスの投与、静脈内ステロイド、ラセミ体エピネフリンの吸入などの支持策が有益である可能性がある。5

6mm(成人)か1.99mm(小児)のフレキシブルファイバー鼻咽頭ビデオ喉頭鏡は、喉頭の変位、喉頭浮腫の程度、位置、腫瘤のサイズを特定するのに役立つ。

ただし喉頭蓋炎の患者と同様に、これらの患者に何らかの処置を行う場合は注意が必要である。ANH患者は、気道が完全に閉塞する可能性がある。18 気道内腔が非常に狭く空気抵抗が高い(狭くなった開口部から呼吸するため)これらの患者では、呼吸の仕事が大幅に増加し、低換気となり、二酸化炭素レベルが上昇する可能性がある。その結果、痛みや不安を増大させ、血圧、心拍数、または酸素消費量を上昇させる行動は、呼吸停止を起こす可能性がある。

ここに提示された症例の患者が示したように、不安と興奮の新たな発症は、高二酸化炭素血症、低酸素血症の兆候である可能性があり、差し迫った気道障害である可能性がある。外科医がすぐに対応できない場合は、外科医が到着するのを待つ間、麻酔専門家が血腫排出と気道確保を依頼されるかもしれない。外科医が不在の場合、縫合線を開いて血腫を排出することが、完全気道閉塞を予防、緩和する唯一の手段となる可能性がある。

さらに、気道が完全に閉塞した場合、解剖学的歪みのために、経皮的(針)輪状甲状靭帯切開術では気道の再確保に十分ではない場合がある。このような状況では、頸部がすっかり腫脹して目印が偏移しているため、外科的輪状甲状靭帯切開術が気道を再確保するための唯一の効果的な手段である可能性がある。1,4,8

麻酔科専門家はこれらの侵襲的外科的処置を行うことに不安を感じる可能性があるため、シミュレーション訓練やその他のハンズオンによる教育を事前に行うことが推奨される。我々の経験に基づくと、このような緊急事態では不作為バイアスが障害となり、ケアが遅れる可能性がある。9次の2つの提案は、麻酔科専門医がこれらの救命措置を取るための自信を高め、不作為バイアスを克服し支援するものである。

  1. 院内の医師、できれば気道の専門知識を持っている人に助けを求める。
  2. 一人が処置を行っている間、指導と支援のために外科医に電話をかけてもらう。

患者の臨床症状に応じて、侵襲的介入が直ちに必要かどうか、観察する、あるいは外科医が到着して評価するのを待つ時間があるかどうかを決定する必要がある。

次の問題が提起されるべきである。

  1. 縫合線を開いたり、より積極的に血腫の排出を行う必要があるか?
  2. 気管チューブなど、より確実な気道確保が必要か?もしその場合、患者は覚醒下か鎮静下か?

気道全体の閉塞は常に起こる可能性があるため、常に外科的気道確保の準備をする必要がある。8 計画を慎重に検討し、関係者全員に伝達する必要がある(表3)。

表 3:

質問 オプション
何を?
  • 縫合線を開く
  • 血腫除去
  • 挿管
  • 覚醒のままでファイバー気管支鏡による気道の評価
いつ?
  • 外科医の到着を待つ
  • 遅延なく実施する
どこで?
  • 手術室
  • ICU
  • 救急部
  • 病棟ベットサイド
どのように?
  • 覚醒下 か全身麻酔下か?

非覚醒時:

  • 静脈麻酔薬による導入か、吸入麻酔薬による導入か

結論

ANHによる完全な気道閉塞は、非線形で予測不可能に進行し、警告なしに急激に進行する可能性がある。安全な患者ケアを提供するために、頸部の手術を受けている患者をケアするすべての医療従事者によるANHの病態生理学の正確な理解は、この潜行性で死に至る可能性のある臨床合併症の迅速かつ適切な管理の鍵となる。麻酔専門家は、外科医がすぐに対処できない場合に介入する準備をしておく必要がある。したがって通常のスキルセットから外れる外科手技に精通し、それを実行するためのトレーニングを行う必要がある。

 

Madina Gerasimov, MD, MSは、Hofstra/NorthwellにあるDonald and Barbara Zucker School of Medicineの助教授 (日本の講師・助教に相当)、ニューヨーク州マンハセットのNorth Shore University Hospitalの品質保証サイトディレクターである。

Brent Lee, MD, MPH, FASAは、North American Partners in Anesthesia(NAPA)のClinical Excellence and PerformanceImprovementのディレクターである。

Edward A. Bittner, MD, PhD は、マサチューセッツ州ボストンのMassachusetts General HospitalのHarvard Medical Schoolの麻酔科准教授であり、APSFニュースレターの副編集長である。


著者らに開示すべき利益相反はない。


参考文献

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