医療誤情報の蔓延
医療誤情報は周術期の患者安全に深刻な影響を与え得る。数十億人のユーザーを抱えるFacebook、Instagram、TikTok、X(旧Twitter)、Snapchat、Pinterest、Reddit、Messenger、YouTubeなどのプラットフォームはますます多くの人々の時間、関心、依存を集めている。1 その結果、これらのプラットフォームは一般の人々にとって政治、スポーツ、一般知識、ニュースの主要な情報源ともなっている。2022年に発表されたPew Researchの統計によると、30歳未満の成人は全国ニュースとほぼ同程度にソーシャルメディアの情報を信頼していることが分かった。さらに2023年には、米国の成人の半数が少なくとも一部のニュースをソーシャルメディアから得ていた。2,3
医療とインターネット上の情報の関係は、最近の医療誤情報の増加よりも前のインターネット黎明期から問題視されてきた。米国公衆衛生総局(Office of the Surgeon General)によると、医療誤情報とは「その時点での最良なエビデンスに基づく虚偽、不正確、または誤解を招く情報」である。4「サイバーコンドリア(cyberchondria)」という言葉は20年以上前に初めて使われ、インターネット上の医療情報を閲覧することによって生じる過度の心理的苦痛や不安を指す言葉として造られた。5この心理的苦痛の原因を説明する一つの枠組みとして、もともと不安を抱える患者が安心を得るためにインターネットで追加の情報を探すという説がある。インターネット上の情報は必ずしも信頼できないため、驚きや警戒心を引き起こす可能性があり、一部の患者や家族は安心を得る一方で、安心を得られない人もいる。安心を得られなかった人はさらにオンラインで健康情報を探し続けるが、これがさらなる不安を引き起こし、自己増殖的な悪循環に陥ることが多い。6
誤情報は公衆衛生に対する理解に影響を与え得る。最近のCOVIDパンデミックで、社会的距離の確保、マスク義務化、ワクチン接種に関する懸念が広がったことがその例である。7,8 周術期医療も同様に影響を受けている。陣痛のために来院した患者が硬膜外麻酔の副作用や合併症に関する医療誤情報を信じてしまうと、鎮痛目的の硬膜外麻酔への同意をためらう可能性がある。2022年に実施されたスコーピングレビューで陣痛時の硬膜外麻酔に関する患者の主な懸念点を評価した結果、母体の副作用、胎児の合併症、分娩の延長、麻痺などが患者の不安要因として挙げられた。9
同様の状況は術後鎮痛のための末梢神経ブロックについて説明する際にも起こり得る。特に、患者が公衆衛生フォーラムなどで医療誤情報を目にしている場合に同意をためらう可能性がある。これらのフォーラムは管理されていないことが多く、そこで共有される個人的な体験談が患者に肯定的または否定的な影響を与え得る。例えば、プロアメリカンフットボール選手Sharrif Floydが著名な整形外科医James Andrews, MDおよびその同僚を訴えた訴訟を受けて、末梢神経ブロックに関する公衆の関心が高まった。Floydは自身の選手生命を終わらせた負傷の原因を膝の手術とそれに続く神経ブロックにあると主張し、この話が誇張されたりセンセーショナルに報道されたりしたことで、整形外科手術を必要とする患者の間に不安や恐怖を引き起こした。10 信頼できる情報源としてジャーナリストのMichael McCannがSports Illustratedで提供した詳細な分析や訴状の本文などがある。11 但し、この件に関するさまざま説が活発に議論されているRedditのページや、一般の人々にとって知識に基づいた意見のように見える憶測やコメントが含まれたX/Twitterの投稿など、誤情報の可能性のある情報源もある。12
ニュース報道のセンセーショナリズムは患者が薬の選択について話し合う際に恐怖やためらいを引き起こす可能性がある(表1)。例えば、マイケルジャクソンの死亡後プロポフォールの使用に対する患者の懸念が高まった。適切な研修を受けた麻酔専門職によって投与される場合は高い安全性が確立されているにもかかわらずである。最近のフェンタニルとその違法薬物としての使用に関する否定的な報道も不必要なパニックを引き起こす可能性がある。
表1:麻酔科における医療誤情報のカテゴリ例とそれに関する患者や家族からの質問や発言
麻酔に関する一般的な誤情報 | 患者や家族の代表的な懸念 |
術中覚醒 |
「手術中に目が覚めてしまいますか?」 |
「手術中に絶対に目覚めないようにしてください!」 | |
「昔、映画で手術中に意識があった人を見たことがあります。」 | |
投与される薬はとても危険である(プロポフォール、フェンタニルなど) |
「フェンタニルを使うのですか?」 |
「マイケルジャクソンの死因になった薬を使うと聞きました。」 | |
「そのようなものは使わないでください、中毒にさせるつもりですか?」 | |
「マシューペリーはケタミンで亡くなりました。絶対に使わないでください!」 | |
麻酔によって手術後の振る舞いが変わる(例:自白薬、発作) |
「手術中に私が何か愚かなことを言わないようにしてください。」 |
「麻酔でけいれんが起こることはありますか?」 | |
硬膜外麻酔は永久的な損傷を引き起こす |
「麻痺を引き起こしませんか?」 |
「ひどい腰痛になると聞いたことがあります。」 | |
神経ブロックは効かない |
「痛み止めをもらえないようにするために、それを勧めているんでしょう?」 |
「全然効かないし、すごく痛いと聞いたことがあります!」 | |
鎮静のほうが全身麻酔より安全である |
「鎮静のほうがずっと安全だと聞いたので、それにしてもらえますか?」 |
「全身麻酔中に亡くなる人がよくいると聞いたことがあります。」 | |
麻酔の仕組みの理解 |
「その薬がどう作用するのかさえ分からないのですか?」 |
「どう作用するのか分からないままどうやって薬を投与するのですか?」 |
医療誤情報が患者安全に与える影響
医療誤情報は周術期全体を通じて患者安全に悪影響を及ぼす可能性がある。このような誤情報の悪影響は恐怖と不安、治療の遅延、治療の忌避の3つのカテゴリに分類される(図1)。恐怖や不安は心理的苦痛を引き起こし、過度な心配、消化器症状、睡眠障害などにつながり得る。さらに、こうした否定的な感情は血圧や心拍数の変化などの生理学的影響を引き起こす可能性がある。これらの身体的および心理的影響はさらに患者の治療非遵守を引き起こし得る。
また、治療の遅延が生じる可能性もある。例えば、患者が陣痛時の硬膜外麻酔に対する恐怖から最初は脊髄幹麻酔を拒否して、分娩直前になって硬膜外鎮痛を希望することがある。その結果、医療提供者が強い陣痛の中で急いで硬膜外麻酔を施行する状況になりかねない。それにより、妊娠高血圧症候群(子癇前症)などの合併症を伴う妊娠においてリスクが増加する可能性がある。子癇前症における血圧管理のための硬膜外麻酔の使用には議論があるものの、緊急帝王切開時に全身麻酔の必要性を最小限に抑えるために、子癇前症の妊婦には早期の硬膜外麻酔導入が推奨される。13,14 そのため、医療誤情報によって硬膜外麻酔の導入が遅れて安全かつ効果的な使用が妨げられた場合、周産期の安全性が損なわれる可能性がある。
最後のカテゴリは治療の忌避である。治療の忌避は、医療チームが立てた麻酔計画だけでなく患者の臨床経過にも影響を及ぼす可能性がある。例えば、肺の合併症を持つ患者が麻痺のリスクや局所麻酔薬の毒性に関する誤情報を信じて区域麻酔の神経ブロックを拒否した場合、最適な周術期管理を受けられない可能性がある。患者の痛みは代わりにオピオイドで管理され、その結果、呼吸抑制や気道閉塞を引き起こし、さらなる合併症や退院の遅れにつながる可能性がある。別の例として、陣痛時の硬膜外麻酔の恩恵を受けられたはずの患者が適切な鎮痛を受けられずに激しい陣痛の痛みを経験し、その結果、周産期の経験に起因する急性ストレスや心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症する可能性がある。15
医療誤情報が患者安全に与える影響を最小限に抑える方法
誤情報と戦い、それが患者安全に影響を及ぼさないようにするために何ができるか?麻酔専門職の間での認識を高める必要がある。「手術中に目が覚めてしまいますか?」や「硬膜外麻酔で一生腰が悪くなるのでは?」といった質問をする患者はTikTokの動画やFacebookの投稿を見た影響を強く受けている可能性がある。友人や家族が予定されている手術に備えてYouTubeの不安をあおるような動画を送って、患者の不安を増大させた可能性がある。臨床医は、これらのコメントや質問が単なる思いつきや一時的な疑問ではなく、誤情報によって引き起こされた不安に深く根ざしている可能性があることを認識する必要がある。これらの質問の根本には恐怖があることを考慮することが重要である。たとえその不安が誤った情報や非合理的な懸念に基づいていたとしても、患者の疑問に対して思いやりを持ち丁寧に対応しなければ、不安は解消されずに続いてしまう。
このような現象が起こり得ることを認識した上で患者に対して共感を示し、決して軽視しないことが重要である。「この過程がとても怖く感じるのは当然ですよ」や「ご不安があるのですね、一緒に詳しく話しましょう」といった言葉を用いるとよい。患者の不安を「根拠のないもの」として否定するのではなく、その恐怖を認めることが恐怖を和らげ、臨床医と患者の間に信頼関係を築くための重要な第一歩となる。術前評価において患者との信頼関係を築くことは的確で重点を置いた評価を行う上で常に重要であるが、誤情報による不安を抱える患者に対してはその重要性がさらに増す。
信頼関係を築くための対応を行う際、麻酔科専門医は患者の誤情報について慎重に問いかけ、事実に基づいた説明を行って患者やその家族を安心させるべきである。しかし、患者の自己決定権の重要性を忘れてはならない。特に区域麻酔のような選択的介入において患者を強引に説得しようとすべきではない。このような強引な説得は患者を納得させられないだけでなく、医療専門家に対する否定的な認識をさらに強める可能性がある。それでも、共感、忍耐、そして患者の不安に耳を傾ける姿勢があれば、誤情報による恐怖や不安で増幅された麻酔に関する懸念を十分に解消できることが多い。
予想通り、規制機関や公衆衛生機関は医療誤情報が患者安全に及ぼす深刻な影響を認識するようになった。2021年、米国公衆衛生局総長(Surgeon General)は「健全な情報環境の構築に関する勧告」を発表した。16 この貴重な資料は医療専門家に対し虚偽または誤解を招く情報に関するさらなる対応策を提案している。この勧告には、患者や一般市民と積極的に関わり、健康情報について説明すること、共感を持って対応すること、そして分かりやすい言葉を使うことなどが含まれている。さらに、医療専門家はテクノロジーや電子通信プラットフォームを活用し、正確な健康情報を広く一般に共有することが推奨されている。最後に、地域社会や地方自治体の関係者と連携し、医療に関する懸念に対して正確な情報を提供するための地域密着型のメッセージを発信することが推奨されている。
医療情報の検証は複雑な作業であり、特に医学の研修を受けていない患者やその家族にとっては困難である。術前に患者と関わる医療専門家は麻酔に関する議論(特に麻酔方法の選択やそれに伴うリスクと利益)を患者の麻酔管理を担当する麻酔専門家に委ねることが重要である。資格のない人が麻酔方法や薬剤の選択およびそれに伴う副作用の可能性について助言すると混乱を招くことが多い。担当の麻酔専門職による術前評価と相談は患者やその家族にとって最も重要な信頼できる情報源となる。しかし、手術前に麻酔に関する情報を得ようとする姿勢は理解できるため、(必要に応じて)患者には信頼できる医療情報の提供元を案内するべきである。例えば、APSFの「患者向け麻酔と手術ガイド」のように、医療従事者以外の人々向けに作成された信頼性の高いインターネット上の医療情報源が挙げられる。17
麻酔専門職は医療誤情報が患者やその家族に悪影響を及ぼす可能性があることを認識しておくことが重要である。一般の人々は手術前に自ら情報を探したり家族や親しい人から情報を受け取ったりすることがある。その情報が誤っていたり誇張されていたりすることで、患者の麻酔管理に対する認識に影響を及ぼす可能性がある。共感、忍耐、そして事実を用いることで医療誤情報に対処し、恐怖や不安の増大、治療の遅れ、適切な医療の忌避を防ぐことができる。
George Tewfik はニュージャージー州ニューアークのRutgers New Jersey Medical Schoolの麻酔科学准教授である。
Raymond Malapero はニュージャージー州ニューアークのRutgers New Jersey Medical Schoolの麻酔科学臨床助教授(日本の講師または助教に相当)であり、ニュージャージー州ネプチューンのJersey Shore University医療センターの麻酔科学副主任を務めている。
著者らに開示すべき利益相反はない。
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https://www.pewresearch.org short-reads/
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