色分けされた薬剤ラベルは、薬剤の薬効分類を特定するのに麻酔で広く使用されている。これらの薬剤ラベルの安全性に対する批評が高まっている。安全性に関する専門家や機関は、色分けされた薬剤ラベルは、ラベルの読み取りの代用として扱われ、医療ミスの原因になっている可能性があるとの懸念を高めた。この賛否討論では、色分けされた薬剤ラベルが患者安全を向上させるか論議する。
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賛成:色分けされた薬剤ラベルは患者安全を向上させる
2015年に、米国麻酔科学会は、医療者が貼付する色分けされた薬剤ラベルの使用を支持する声明を発表した。1 このラベルは9つの異なる色が用いられ、各色は米国試験材料協会の規定に従った特定の薬効分類を表している(図1)。しかし、米国食品医薬品局2 およびInstitute for Safe Medication Practices(ISMP)3 は、色分けされたラベルの安全性について懸念を表明している。色分けがラベルの文字を読むことの代用となってしまうことで、実際には誤薬・誤投与につながるかもしれないと指摘している。その他の懸念には、識別可能な色の数が限られていること、色の外観が似ている場合があること、背景とのコントラストが悪い場合があること、色盲の医療者がいること、色分けの効果を裏付けるデータがないことなどがあげられている。3 これらの懸念は理解できるものの、色分けの利点は見過ごされていると言えよう。我々は、色分けされた薬剤ラベルは患者安全を向上させると考えている。
色が物体の識別に重要な役割を果たしていることは研究で示されている。グレースケールよりもカラーの方が物体を識別するのが速かったという古典的な実験がある。また、青いイチゴのように、実際とは一致しない色をした物体を識別するのが最も時間がかかった。4 別の研究では、脳のfunctional MRI撮影中にグレースケール画像を見せたところ、画像はグレースケールにもかかわらずその物体の正しい色を司る視覚野の領域で明確な活動を示した(「色の記憶」として知られている現象)。5 しかしながら、周囲の状況を解釈する際の色の重要性を理解するのにあたって特別な研究は必要ないはずである。我々は毎日それを経験しているのだから。例えば、道路標識や交通信号には意味を伝えるために色が使われている。6 シェフはアレルギーのリスクを最小限に抑えるために色分けされたまな板を使う。7 建設現場ではそれぞれの役割を表すために異なる色のヘルメットをかぶる。8 電気技師は色分けされた回路を使う。9 国防総省、10 連邦航空局、11 航空宇宙局など、12 ほぼすべての業界で、ヒューマンエラーを最小限に抑えるために色分けが用いられているのである。なぜだろうか。それは、色分けが人間工学の必須要素だからである。
人間工学では、ヒューマンエラーを最小限に抑えるシステムとデバイスを作成するために、人間の長所、短所、身体的限界、心理、誤りやすさの理解に重点を置いている。人間工学の目標は、人間の記憶、警戒、計算への依存を減らすことによって、人間が関与しているにもかかわらず適切に機能するシステムを設計することである。この目標は、表1の原理13,14によって達成される。
表 1. エラー低減のための人間工学の原理
原理 | 定義 | 例 |
標準化 | ばらつきを低減すること | 航空業界では飛行前チェックリストを使用している。 |
強制機能 | 望ましくない行為の実行を防止すること | ブレーキをかけずに車のギアを変えることはできない。 |
重複した合図 | 複数の経路で同じメッセージを伝えること | 信号機の色と位置は両方とも同じ意味を持っている。 |
アフォーダンス | 本来の特性によって使用目的を伝えること | プッシュバー付きのドアは、「押して開く」ことを意味している。 |
自然な対応付け | 物体とそのコントローラの間に自然な関係を持たせること | ハンドルを右に回すことが、ホイールを右に回転させる。 |
エラー軽減 | エラーの早期検出と修正を促進すること | 薬剤オーダーシステムは、相互作用を起こす可能性がある薬剤をオーダーしようとすると医療者に警告を出す。 |
色分けされた薬剤ラベルには2つの目的がある。1つ目は、文字に加えて色で薬剤の種類を伝えることで、物体認識における重複した合図として働くことである。2つ目は、エラーを軽減することである。シリンジ取り違えは、すべての誤薬・誤投与の約20%を占める。15 色分けされたラベルは、シリンジ取り違えを同じ薬効の薬剤同士に収めることを目的としている。これにより、シリンジ取り違えが発生してしまった場合でも、初期対応は正しいものになると考えられる。たとえば、脊髄くも膜下麻酔を行なう前に、同僚にフェンタニルを投与するよう依頼したとする。投与後すぐに、患者は眠くなり無呼吸になった。オピオイドの過量投与を疑うのは、あなた一人ではないだろう。この現象は「アンカリングバイアス」として知られており、初期診断は直近の出来事、この場合は麻酔効果があると知られている薬物の投与、に影響されるというものである。おそらく最初に、原因をさらに調査しながら、患者のマスク換気とナロキソン投与を行うだろう。そして、シリンジ取り違えが起こっており、フェンタニルではなく、ヒドロモルフォンが投与されていたことを発見した後も、現在行っている対応を続けることになる。間違った薬が投与されたものの、それに対する初期対応は適切だったわけである。「アンカリングバイアス」が有利に働き、エラーがオピオイド関連有害事象に至るのを、色分けされたラベルが阻止したのである。さて次は、実は筋弛緩薬が原因だったと想像してみる。その場合には、この初期対応によって適切な対応が遅延した可能性がでてくる。
色分けされたラベルに反対する人々は、色分けがラベルを読む代わりになってしまうと主張している。色分けされたラベルが使用されていなければ、先のシリンジ取り違えの事例は確実に回避されていたはずだと主張するのだろう。色分けを排除することによって、医療者はラベルを読んで薬剤を識別することを強いられる。言い換えれば、反対派は、重複した合図とエラー軽減を犠牲にして強制機能を課すことを望んでいるわけである。反対派の論理には2つの欠陥がある。1つ目は、色分けされたラベルが誤薬・誤投与を増加させると仮定している点である。これが事実ならば、色分けが用いられてない部署では誤薬・誤投与がかなり低い頻度となるはずである。しかし、そのような部署ではエラーが発生し続けている。16 さらに、55,000件以上の麻酔症例を対象とした臨床試験の結果は、この仮定と合わなかった。同色ラベルの薬剤同士のシリンジ取り違えは0件と報告され、17 実際にはラベルの色ではなくシリンジの大きさこそがシリンジ取り違えと最も頻繁に関連していた。17 2つ目に、色分けを排除してラベルを読むことを医療者に「強制」するという反対派の目標は、善意によるものではあるが、誤った方向性である。文字だけのラベルは、やはりエラーの元である。長さが似ていて、最初と最後の文字もしくは共通の文字が多い薬剤名は、誤認の危険性がある。18 ISMPは似たような薬剤名の一覧を発表し、これらの名前を区別し易いように大文字のアルファベットを使うことを勧告した。18 しかし、自分が使用する薬剤に手書きのラベルを貼付する麻酔専門家に、標準化された方法で大文字を使用することを期待するのは現実的ではない。
色分けされたラベルが排除されたらエラーが減少するというのは、希望的観測である。もちろん、我々もすべての医療者が毎回きちんとラベルを読むべきだと思っている。しかし、人間工学と心理学の研究から得られた教訓を無視することは愚かなことである。トレーニング段階や経験にかかわらず、ラベルを注意深く読まずに薬剤を投与する医療者なんているのだろうか。このような間違いをする者は、注意力や知性や経験が欠如しているに違いない。しかし、実はそうではない。さて、車を運転していて、慣れ親しんだ交差点や信号機を通過したことを覚えておらず気づいたら家に到着していた経験が一度でもあるならば、あなたは人間の認識の奇妙な性質を経験済みである。意思決定は、2つの異なるプロセスによって行われている:作業記憶を使用すると、ほとんど注意を払わずに複数のルーチンの作業を並行して実行できるが、集中力と精密さを要する複雑な作業となると注意を払う必要がある。13 不安定な血行動態、出血、代謝障害、検査値チェックなど複数の同時平行的な課題に直面している状況では、精神は手元のあらゆる作業に直接注意を向けることはどうしてもできない。気にしているいないにかかわらず、作業記憶を使って実行している作業もあるのである。色分けされたラベルのような重複した合図は、作業記憶を補助するものである。もし色分けされたラベルが排除された場合、薬剤を識別するためにシリンジの大きさ、向き、位置など、信頼性に劣る他の重複した合図で代わりをすることになる。
Dr. James Reason は、有名な「スイスチーズモデル」を唱えた心理学者である。19 このモデルは、複数の小さなエラーがどのように整列するとエラーが患者に及んでしまうのかを説明した。麻酔管理にあたって我々は、エラーが患者に及ばないように、できるだけ多くの防御層を作るように努めている。喉頭鏡は、ハンドルまたは電球が故障した場合に備えて、使用可能な2組のブレードとハンドルを用意しておく。また、低酸素濃度の混合ガスを防ぐために、多くの防御層が用いられている: 色分けされたガス供給ライン、ピンインデックスシステム、酸素濃度計、酸素を最も下流のガスにすること、色分けされた流量計のノブ、酸素の溝付きノブ。単純に言えば、重複させることは安全性を向上させるのである。
ISMP の懸念には、識別可能な色の数が限られること、色が似たように見える可能性、コントラストの悪い背景の視認性への影響、色盲の医療者への影響がある。色分けされたラベルを支持するデータがないという反対派の主張に対しては、色分けされたラベルが点滴バッグの識別を適切に改善し、エラーの発見を改善し、平均作業時間を短縮することを示した研究を提示する。20 色分けされたラベルは完璧ではないかもしれないが、細事にこだわり大事を逸することがないようにしたい。システムが完璧でないからといって、価値がないというわけではない。色分けされたラベルは、誤薬・誤投与に対する防御に「もう一枚のチーズ」を追加する。そしてこれが、問題なく済む場合と有害事象を起こす場合との違いになる可能性もある。
この賛否討論は、本質的にはひとつのコインの両面について論じているようなものである。薬剤ラベルの問題は、はるかに大きな問題のほんの一部にすぎない。誤薬・誤投与は、シリンジ取り違えの他にも、準備、ラベル貼付、バイアルやアンプルの選択、投与経路選択、コミュニケーションの間違いにより発生する。15 麻酔専門家として、我々にはヒューマンエラーを最小限に抑えるためにシステムを改善する義務がある。薬剤の処方、調剤、準備、ラベル貼付、投与、そして有害事象のモニタリングをひとりで同時に担当する医療者は、病院中で麻酔専門家以外にいない。ポイントオブケアのラベル作成機、バーコードスキャン、プレフィルドシリンジは、麻酔専門家の薬剤関連作業の一部を軽減し、第二の手段による確認を可能にし、エラーの可能性を減らす重要な安全対策となる。残念ながら、これらのデバイスによる対策は、主にコストの制約のために広くは使用されていない。そしてそれらの支援があっても、人間が関わっている限り、エラーは起こり続けるだろう。我々は色分けされた薬剤ラベルの使用を支持し、全ての医療者が常に投与前に薬剤ラベルをきちんと読むことを強く勧める。
Dr. Janik は、ノースショア大学医療センターの麻酔科、集中治療科、疼痛医学科の麻酔科医、およびシカゴ大学麻酔科/集中治療科の臨床助教授(日本の講師・助教に相当)である。
Dr. Vender は、ノースショア大学医療センターの麻酔科、集中治療科、疼痛医学科の麻酔科医および元部長であり、シカゴ大学麻酔科/集中治療科の臨床教授である。
Dr. Janik には、利益相反はない。Dr. Vender は Fresenius-Kabi のコンサルタントである。
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