妊産婦安全のための全国パートナーシップ ―妊産婦安全バンドル

Jennifer M. Banayan, MD, and Barbara M. Scavone, MD

2016年10月号より:

Banayan JM, Scavone BM妊産婦安全のための全国パートナーシップ ― 妊産婦安全バンドル APSF ニュースレター 2016;31:31-35。

図表はすべて、ACOGからの許可を得て日本語で再掲載されています。

米国は1990年以降妊産婦死亡率が上昇した8カ国の中の一つであり、その中で唯一の先進国です。1 英国、ドイツ、日本と比較して、米国の妊婦は妊娠合併症で死亡する確率が3倍も高いのです。1 これらの調査結果は衝撃的なものであり、1982年以前の米国の妊産婦死亡率は、20世紀には劇的に改善されてきていたことを考えれば、この衝撃は一層大きなものです。2 生存率が向上してきたことは、医療の進歩や、トレーニングを受けたスタッフのもとで病院で出産することが多くなってきたこと、より無菌的な技術が進んだことによるものと考えられます。3

従来、妊婦死亡の最も多い原因は、出血、高血圧、血栓塞栓症、感染症でした。4,5これらの原因による死亡率は、次第に低下していますが、それに代わって、心血管疾患やその他の並存する内科疾患に起因する死亡率が上昇しています。5,6 興味深いことに、麻酔による致死的合併症は、次第にまれなものとなっています。この変化は、麻酔科専門医が無痛分娩や帝王切開に安全な麻酔の提供を求められるだけでなく、安全な妊娠・出産への支援にまで関心を持つよう求められていることを強調するものです。

図1 原因別の妊娠関連死亡率:米国、1987–2010。

妊産婦死亡率が上昇しただけでなく、21世紀には妊産婦の重篤疾患罹病率が2倍以上に増加しており、毎年5万人の女性が罹患しています。7 このように変化の原因は明確ではありませんが、以下のようないくつかの可能性が考えられます。第一に、米国では高齢出産の件数が増加しています。8 しかし、この傾向は死亡率が増加していない国でも観察されています。第2には、他の先進諸国と比較して帝王切開による出産率が非常に高く、9 合併率が高まるなど様々な合併症を招いています。10 さらに、最も説得力のある原因として、肥満、高血圧、糖尿病、慢性心疾患などの慢性疾患を抱えた妊産婦の割合が急速に増加してきたことが挙げられます。6,7,11,12

米国の妊産婦死亡率と罹患率の上昇に対処するため、これらの死亡の原因を特定し、評価し、さらには、予防可能な要因を特定することが、国家的急務です。米国における出生数の10%以上を占めるカリフォルニア州では、目覚ましい進歩が見られました。2002年から2004年にカリフォルニア州の妊婦死亡に関するデータによると、死亡者は207名であり、そのうちの約40%は予防できた可能性があることが分かっています。13 T出産時出血、深部静脈血栓と子癇前症/子癇という3つの状態が、予防できる可能性が最も高いことがわかりました。これらの知見をもとに、California Maternal Quality Care Collaborative (CPQCC)は、誰でも利用できる無料オンライン「ツールキット」を作成しました。ツールキットは、妊産婦死亡を防ぐことを目標とした様々な論文やガイドライン、実施ガイド、教育ドキュメントが含まれています。最初に出されたツールキットは、出産時出血に関するものでした。カリフォルニアの多くの病院が、母体の出血、それに起因する罹患率と死亡率を積極的に低減させるため、このツールキットを活用しました。その後の5年間で、カリフォルニア州の妊産婦死亡率は、2008年から2013年まで上昇を続けていた米国の妊産婦死亡率と比較して、劇的な低下を見ました。

図2 出典:State of California, Department of Public Health, California Birth and Death Statistical Master Files (1999–2013)。カリフォルニ州の妊産婦死亡率(分娩後43日以内の死亡と定義)は、ICD-10死因分類(コードA34、O00 -O95 -O99)を使用してト計算。米国全体のデータとHP2020年目標は同じ分類コードを使用。米国の妊産婦死亡率データは、2007年1年間に関してNational Center for Health Statistics (NCHS)が公表したもの。2008年から2013年末までの米国の妊産婦死亡率は、CDC保健・医療統合データベース「ワ ンダー」を用いて計算。2015年3月11日にhttp://wonder.cdc.govでアクセスしてデータ入手。2015年5月にカリフォルニア州保険局、家族保健センター、母親、子供、青少年保険部門が作成。(https://www.cdph.ca.gov/data/statistics/Documents/2013MaternalMortalityRates-SlideSet%20for%20MCAH%20Website.pdf ― 最後にアクセスされた日付08/09/2016)

母体の出血を減らすためにプロトコールを導入したことの有効性については、評価がなされました。ある研究グループが、出血予防プロトコールの導入前と導入後の期間に行われた32,000件以上の分娩を調査し、輸血量の有意な減少と有意ではないが出産後の子宮摘出術の減少を観察しました。14 これらの知見は、教育の機会を増やし、リソースを充実させ、ツールキットを提供することで、アウトカムにインパクトを与える可能性があることを示すエビデンスを提供するものです。

ニューヨークでは妊産婦死亡率を低下させるための独自の取り組みを行っています。2013年臨床医のグループがニューヨークをカバーする American Congress of Obstetricians and Gynecologists(ACOG)第2地区のリーダーと会合を持ち、Safe Motherhood Initiative(SMI)を立ち上げました。彼らは、他の地域で死亡率の低下につながった組織的な教育的介入の成功事例に刺激を受けました。たとえば、英国では妊娠中に肺塞栓症の発生率を低下さえるために国家的努力をはらい、塞栓症が原因の死亡率は徐々に低下しました。15 そのため、SMIには標準化されたリスクアセスメント表や、プロトコール、チェックリスト、実地臨床の内容のばらつきを抑えるためのアルゴリズムを検討しました。最終的に、出血、高血圧、静脈血栓塞栓症(VTE)に関する3つのバンドルを作成しました。さらに、SMIのウェブサイト上にバンドルボックスを作成し、さらには、臨床医がこのウェブサイトを閲覧 するように医師生涯教育も提供しました。バンドルボックスには、ポスター、パンフレット、チェックリスト、アルゴリズム、テーブルなどの実タ施要綱はさんだバインダが入 っています。また、学習を支援するために、様々なパワーポイント素材やオーディオ素材もこのウェブサイトで提供しています。バンドルを開発し構築した人々は、導入に役立つアドバイスをしています。

Dr. Eliot Main博士は、カリフォルニアで4年間の活動の後、同様のリソースとインフラを国家規模で展開するための行動を 開始しました。妊産婦の健康とケアを向上させるため、様々な団体の代表者が 2012 年にアトランタに集まりました。このグループは、分娩時の安全性に焦点を絞った取り組みの実施と展開を優先課ロ題としました。これらの会合によりCouncil on Patient Safety in Women’s Healthcareの下部組織として、National Partnership for Maternal Safety (NPMS)が創設されました。その使命は「文化的変容をもたらす集学的協調による、女性のヘルスケアにおける患者安全の継続的改善」です。NPMS の重要な点は、この連合体に様々な専門組織が参加していることです(表1)。

NPMSが掲げている目標は、米国における妊産婦の罹病率と死亡率を50%低減させることです。この目標を達成するための1つの手段は、カリフォルニア州と同様のバンドルを作成することです。つまり、アウトカム向上に関するエビデン スのある様々な介入法をすべて行うバンドルです16。NPMS は、まず出血、妊娠中の高血圧、VTEの3つのトピックスに関する素材の作成を開始し、ウェブサイト上にその知見を発表しました: http://www.safehealthcareforeverywoman.org/。ウェブサイト上のすべての情報は無料で一般公開されていますが、NPMSが 情報を利用する人をき認識するため、サイトへのアクセスにはログイン 名とパスワードを必要としています。

一般公開するバンドルの作成過程は、段階的に行われています。最初に、オンラインで1ページの文書が公開されます。そこには重要な情報な情報と実施ガイダンスへのリンク情報を掲載レしています。その後、正式な詳細論文を インパクトファクターの高い論文誌に掲載します。NPMSの中核は、集学的グループであるよう努力することです。麻酔科、産科、看護、助産を含む様々な論文誌にバンドルが掲載されていることが、このような努力を行っている証です。

ACOGは長期間にわたり臨床ガイドラインや見解を発表してきましたが、集学的な性質のものではありませんでした。バンドルは、ACGCプラクティカルガイドラインなどの既存の様々なエビテンスに基づく推奨を、構造的かつアクセス可能な形式で提供する一つの方法です。加えて、個々の施設がそれぞれのニーズに合わせてバンドルを修正し、調整できるということに力点が置かれています。バンドルは、妊婦の罹患率や死亡率を高める合併症を管理し対処するための様々な方法の実例を示しています。それぞれのバンドルは以下の4つのセクションで構成されています:準備、認知と防止、対処、ならびに報告/システム学習。

最初のバンドルである出産時出血に関する患者安全バンドルが、ウェブサイト上にまず掲載されました。その後、より詳細な文書が、2015年にインパクトファクターの高い論文誌4誌に同時掲載されました:Anesthesia & Analgesia,17 Obstetrics and Gynecology18 Journal of Obstetric, Gynecologic, & Neonatal Nursing19 and Journal of Midwifery and Women’s Health20 出産時出血は、出産の最も一般的な合併症ですが、出血関連の罹患と死亡は予防可能であると考えられています。21,22 改善すべき点としては、失血をより正確に認知し定量ハ的評価を行うこと、出血の臨床的徴候へ注意を払うこと、血液量を迅速に回復させること、速やかな介入を重視することなどが挙げられます。23 出血バンドルの目標は、重症化する出血症例を減らし、輸血の必要性を減らし、凝固障害を減らすことです。

図3 出産時出血管理のためのリソースを事前 に確立する ための妊産婦安全バンドル

出血バンドルの「準備」のセクションには、出血対処カートや出血対処薬などの出血に対応するために必要な消耗品やシステムのリストが含まれています。「認知と防止」セクションは、累積失血の正確な測定など、すべての患者に対して実施すべきアセスメントを含んでいます。「対処」のセクションには、ステージに応じた出産時出血 の緊急時管理プランが含まれます。最後に、「報告/システム学習」のセクションには、デブリブリーフィングのこつや周産期品質向 上委員会など、大量出血のエピソード後の集学的レビューに関する推奨事項が含まれています(図3)。

2番目に出されたバンドルである妊娠中の重症高血圧症は、最近上記のウェブサイトで提供が開始されました。血圧の適切なコントロールができなかったこと、あるいは溶血や血小板減少、肝酵素値上昇、肺水腫などの子癇前症の兆候を認知できなかったことが、重大な合併症を引き起こす原因です。23 さらに、子癇前症患者の収縮期血圧は、脳卒中の重要な指標となります。24 そのため、高血圧治療薬を適切に投与することは重要であり、救命の可能性を高めることができます。ACOGは妊娠中の急性の重度高血圧の初期管理のためのラベタロールとヒドララジンの投薬レジメンを発表しました。このガイダンスは妊娠中の重度高血圧症に関するバンドルに組み込まれています。

出血バンドルと同様に、文書は以下の4つのサブグループに分けられています:準備、認知と防止、対処、ならびに報告/システム学習。「準備」のセクションには、診断基準、用法・容量を含む降圧薬に関するガイダンスが含まれています。「認知と防止」のセクションは、血圧の測定と評価に関するプロトコールが含まれます。「対処」のセクションには、重度の高血圧と子癇患者の管理プランが含まれています。「報告/システム学習」のセクションには、デブリーフィングなどの集学的レビューに関する推奨が含まれています(図4)。

図4 高血圧/子癇前症の管理のためにプロトコールとリソースを確立するための妊産婦安全バンドル

図5 妊婦の静脈血栓塞栓症を予防するための妊産 婦安全バンドル

VTEドラフトについては、ウェブサイト上に掲載されています。より詳細なバージョンを現在作成中で、まもなく公開の予定です。VTEは妊婦死亡や重度合併症を引き起こす原因の1つですが、事前に予防できると考えられています。4 十分量の抗凝固薬を投与する際に注意を払うことは、きわめて重要です。英国で得られた有力なデータによれば、より積極的にVTE予防処置を行うと妊産婦死亡が減少することが明らかになりました。15 合同委員会では、帝王、切開時に肺塞栓症の危険がある妊婦には、圧迫装置を使用することを求めています。高リスクの妊産婦の産前や産後には、抗凝固療法を行うことが求められています。NPMS VTEバンドルには、どのような患者が高リスクであり、VTE予防処置を受ける必要があるかを示す予定です。また、早期離床や圧迫装置の使用も推奨する予定です(図5)。

妊産婦死亡率や合併症の多くが予防可能なものであることを認識することが、米国でのアウトカムを改善させるキーポイントです。生命に関わる緊急事態にあ る患者の管理には、蘇生法や集中治療を専門とする医師が必要です。そのため、麻酔科専門医は周産期チームの中で重要な役割を果たしており、妊産婦の死亡や合併症を低減させるよう積極的に関与必要があります。今や、麻酔科医は以前にも増して周産期医師としての役割を果たし、他の介護者と共に周産期医療に参加し、妊産婦の安全性を高め、合併症や死亡を低減させる必要があります。


Jill Mhyre医学博士には、本論文の作成にあたって支援していただいたことに感謝します。

Jennifer Banayan医学博士は、University of Chicago Medical Centerの麻酔・集中治療科の准教授です。
Banayan医学博士には、利益相反に関して開示すべき点はありません

Barbara Scavone医学博士は、University of Chicago Medical Centerの麻酔・集中治療科の教授であり、産科麻酔部門の責任者です。 
Scavone医学博士には、利益相反に関して開示すべき点はありません。


参考文献

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