集学的な産科的な災害への備えは、すべての機関にとって不可欠である。産科および新生児の患者は特殊であり、個々の事例毎に検討する必要がある。災害時対策計画、すなわち OB TRAIN やその他の産科特有のツールの導入、地元の産科病院のケアレベルの認識、医療従事者のトレーニング、そして地元のリソースに関する知識などは、あらゆる災害発生時の最適な患者ケアの提供に役立つ。
主要点
- 産科医療専門家および産科医療の提供施設は、特別な考慮を必要とする特徴を多く備えた母集団にサービスを提供する。1
- 他の患者コホートと比較して、妊婦、胎児、および新生児は、自然(例えば地震、ハリケーン)および人工(例えばテロリズム)の両方の災害による急性期および長期的な影響に対しより脆弱である。
- 産科特有のトリアージツールと産科病院のケアレベルの層別化により、安全で迅速な患者の避難と移送が可能になるはずである。
- 事象の発生時における途切れることのないプロセスを保証し、促進するために、災害への備えとスタッフの定期的な指導が必要である。
はじめに
産科医療専門家および産科医療の提供施設は、特別な考慮を必要とする特徴を多く備えた母集団にサービスを提供する。1 他の患者コホートと比較して、妊婦、胎児、および新生児は、自然(例えば地震、ハリケーン)および人工(例えばテロリズム)の両方の災害による急性期および長期的な影響に対しより脆弱である。産科特有のトリアージツールと産科病院のケアレベルの層別化により、安全で迅速な患者の避難と移送が可能になるはずである。事象の発生時における途切れることのないプロセスを保証し、促進するために、災害への備えとスタッフの定期的な指導が必要である。
産科サービスにおける災害時対策計画は独特なものである
妊娠中および周産期の女性は、特定のニーズを持つユニークな患者コホートであり、その大部分は一般的な災害計画に組み込むことは難しい。成功の鍵は、事前計画やトレーニングにこのような独特な要件を含めることで、迅速な対応と復旧を確実にすることである。この計画の段階で、広範囲の医療的緊急性をもった産科患者、すなわち陣痛発来した患者や正常な経膣分娩をした患者から神経幹麻酔、全身麻酔下に緊急帝王切開を行っている患者までに対する様々なレベルのケアを提供する必要性を考慮せねばならない。さまざまなレベルの緊急性を持つ母親および胎児/新生児・乳児の両方のケアは、避難が必要な場合に考慮しなければならない追加的な課題である。計画に不可欠なのは、産科患者が自身とその胎児/乳児のケアに適した施設へ移送されることを保証する適切なシステムである。これを達成するために、米国産科婦人科学会(the American College of Obstetricians and Gynecologists)と母体胎児医学会(the Society of Maternal-Fetal Medicine)は、母体ケア病院のレベルを示すコンセンサスを発表した。2 産科災害時対策計画は、下記のように多くの専門分野に渡る集学的取り組みが必要である:産科チーム;麻酔科チーム;新生児科チーム;分娩および出産看護チーム;分娩管理チーム;緊急管理室(該当する場合)。
産科災害時対策計画における麻酔科の関与
麻酔科チームは、分娩または外科麻酔のために神経幹麻酔・全身麻酔 を受けた患者の継続的なケアおよび観察に関連する専門知識、すなわち気道管理器具、特定の患者グループ(例えば、心臓呼吸器疾患患者)のために必要なモニタリング、すべての患者グループの安全な移送などを提供することによって、災害時対策の計画と準備に貢献できる。
患者のOB TRAIN(Obstetric Triage by Resource Allocation for Inpatient; 入院患者のためのリソース割り当てによる産科的トリアージ)状態を決定する際には、鎮痛のための神経幹麻酔の留置から経過した時間が主な要因の一つとなる。それによって、避難の際の患者の移送手段が決定されるからである(図1a および 1b)。神経幹麻酔施行後1時間以内は、トリアージグループの割り当てを制限する要因として同定されており、合併症/副作用および薬物関連の病因(例として、局所麻酔薬の全身性毒性、アナフィラキシー) の大部分が通常、この時間内に発生している。3 避難の際は、分娩時の硬膜外注入を中止し、硬膜外カテーテルの封をすることにより、移送手段の選択に影響を及ぼす緊急性レベルを下げることが必要である。移送先の医療機関では、硬膜外持続鎮痛の再開前に、その施設における鎮痛プロトコールに応じた代替の鎮痛法を患者に提供することもできる。例としては、静脈内フェンタニルボーラス、またはレミフェンタニルを用いた経静脈的自己調節鎮痛法が挙げられる。
図 1a. OB TRAIN 分娩前および出産
図 1b. OB TRAIN 産後
麻酔科チームは厳格な状況での臨床ケアを提供できる準備をしておくべきである。気道管理器具、麻酔関連機器および吸引器、モニタリング装置、輸液、および医薬品の供給はすべて利用可能であるべきである(表1および図2)。4
表1. 産科災害時対策計画ツールの主要コンポーネント
災害時対策計画ツール | 解説 |
災害時対策計画バインダー | 各部隊には、災害計画に関連する書式と指示を含む指定のバインダーが必要である。停電やサイバー攻撃に備えて、紙形式を推奨する。 |
災害ボックス | 災害時に使用するために特別に指定された機器は、ラベル付きの箱に保管する必要がある。箱は各ユニットのアクセス可能な場所に保管し、災害時にのみ回収される必要がある。推奨されるアイテムは紙媒体;懐中電灯;ヘッドランプ;非充電式バッテリー;携帯型ドップラートランスデューサー;グラブアンドゴーバッグ;ベスト。 |
災害時の役割 | 指導的役割は、あらゆる緊急事態において基本的なものであり、混乱を避けるために、Hospital Incident Command System(HICS)で使用される命名法を使用して役割名をつけられるべきである。ユニットリーダーの役割は、ユニット中で最も知識のある人物が担当するべきである。その他の役割は、アシスタントユニットリーダー(産科レジデントおよび/またはチームリーダー看護師)、麻酔専門家、トリアージ医師または看護師、ベッドサイド看護師、看護アシスタント/技術者、および事務員である。 |
ジョブアクションシート(JAS) | JASは、理想的には所定の時間枠内ですべてのタスクを確実に完了させることを目的とした役割固有の指示である:即時(運用期間0〜2時間);中期(運用期間2〜12時間);延長(運用期間 > 12時間、または別の方法で病院司令センターにより決定)。 |
産科トリアージ | 避難を計画する際の主なステップは、患者の選別である。車両数と空車状況は、おそらく制限されている。トリアージシステムは、患者の迅速かつ適切な避難を可能にするために必要な資源と最適な避難順序の決定に使用することができる。11 -13 |
国勢調査ワークシート | 名前、医療記録番号、生年月日、および現在の物理的な場所や計画された目的地(追跡用)などの保護健康情報を含む母子データシート。 |
部門の被害マップ | 有効な(安全な)領域と非有効領域(ゴミ、洪水、電気的な危険などによる危険)を識別するために、ユニット内のすべての職員室、病室、および共通の領域を示す計画。 |
グラブアンドゴーバッグ | 必需品のリストを含む空のバックパック(使用期限が短いために事前に補充されていない)は、医療施設外での分娩のための機材を含む個別化された患者ケアのために利用可能でなければならない。この個別化されたグラブアンドゴーバッグは、ユニットから離れた場所に避難するとき、または避難するときに患者に添付される。(図2) |
転送フォーム | 適切な医療情報が記載された用紙を、転送時に患者に提供し、受診側病院で患者ケアを最適に継続する必要がある。 |
転送オーダーフォーム | 母体および胎児のモニタリング(該当する場合)、絶食/栄養状態、投薬、および静脈内輸液投与に特有の指示。 |
投薬の変換指示 | 一般的な産科関連薬は、静脈内投与から筋肉内投与への用量変換とともに記載する必要がある。 |
地域病院のケアレベル | 患者を最も適切なレベルのケアで適切な病院に搬送し、母親と新生児の分離を避けるために、距離、電話番号、母親のケアレベル、および新生児のケアレベルなどの重要な情報を文書化した地域病院のリストを用意する。患者が他の施設に転院するときは、送り出し機関には、母親と新生児の分離を避け、臨床ケアの面からフォローアップし、検査結果などを送ることができるために、各患者の転送先がわかる効果的な患者追跡システムが整っていることが重要である。 |
母子の退院形態と元気な赤ちゃんの退院のためのチェックリスト | 元気な赤ちゃんの退院前に必要な基準の一覧。 |
ジョンソンセンターの産科災害対策計画委員会の許可を受けて、妊産婦・新生児サービスを転載。産科サービスのための災害対策計画。 https://obgyn.stanford.edu/divisions/mfm/disaster-planning.html。2018年11月にアクセス。 |
図 2. OB Anesthesiology グラブアンドゴーバッグリスト:
気道: | 場所/留意事項 | |
☐ | Ambu バッグ x2 | 硬膜外カートまたはLDR(Labor and Delivery Recovery: 陣痛分娩室)廊下の壁に |
☐ | O2 タンク x2 + レンチ | LDR Xの向かい側の不潔のユーティリティルーム(ドアコードxxxx) |
☐ | 喉頭鏡 + ブレードx2 | |
☐ | 気管チューブ x2 | |
☐ | 非再呼吸マスク ×3 | |
☐ | 経口エアウェイ | |
☐ | プロシール LMA #3, #4, #5 | |
☐ | ブジー | |
吸引: | ||
☐ | ポータブル吸引機 | コードカートの上部(LDR Xの向かい側) |
モニター: | ||
☐ | Propaq(ポータブルのバイタルサインモニター)+ 電源ケーブルとモニタケーブル | Anesth Tech Rm |
☐ | ポータブル SpO2 | OR X麻酔器の上 |
IV: | ||
☐ | 輸液開始機器 | |
☐ | 生理食塩水または乳酸リンゲル液 1000 mlバッグ ×4 |
|
☐ | IV 血液回路 x2 | |
Meds: | ||
☐ | Omnicell(薬剤の保管システム)キー
|
|
☐ | プロポフォール + サクシニルコリン | |
☐ | ラベタロール | |
☐ | ピトシン(オキシトシン) | |
☐ | PPH キット x2 | 薬剤室 + PACU Omnicells のみ |
☐ | 救急薬:エピネフリン/アトロピン/フェニレフリン/エフェドリン | |
☐ | SL NTG | |
2% リドカイン/エピネフリン/重炭酸塩10ml シリンジ x2 | ||
その他: | ||
☐ | 10ml シリンジ x 20 | |
☐ | 18G 針×20 | |
☐ | 25G 針×10 |
ガス遮断弁:煙や火が存在する場合はオフにする。一度オフにすると、エンジニアのみオンに戻すことができる。 | |
PACU/Triage ルーム/US ルーム: | PACUのすぐ外 |
LDRルーム: | 休憩室とORへの両開きドアの間 |
OR X: | OR Xのすぐ外 |
OR Y: | OR Yのすぐ外 |
OR Z: | OR Zのすぐ外 |
ジョンソンセンターの産科災害対策計画委員会の許可を受けて、妊産婦・新生児サービスを転載。産科サービスのための災害対策計画。 https://obgyn.stanford.edu/divisions/mfm/disaster-planning.html。2018年11月にアクセス。 |
集学的産科災害時対策計画ツール
医療機関は一般的な災害時対策計画を確立し、さらに産科特有のツールも用意する必要がある(表1)。病院ベースの避難や産科病棟の施設内避難を誘導するために開発されたオンラインツールが利用可能である。4
産科災害時対策訓練
災害対策時訓練は、次のようなさまざまな形式で提供される:政府資金によるオンライン情報;医療および看護の業界団体;さらに一部の地域では、シミュレーションベースの集学的訓練が利用可能。5-9 シミュレーションベースの訓練は、部門/機関レベルで行うこともでき、また郡レベルの病院、緊急サービス、および災害に関連する機関と合同で省庁間訓練することもできる。10
結語
集学的な産科的な災害への備えは、すべての機関にとって不可欠である。産科および新生児の患者は特殊であり、個々の事例毎に検討する必要がある。災害時対策計画、すなわち OB TRAIN やその他の産科特有のツールの導入、地元の産科病院のケアレベルの認識、医療従事者のトレーニング、そして地元のリソースに関する知識などは、あらゆる災害発生時の最適な患者ケアの提供に役立つ。
Dr. Abir は、現在、スタンフォード大学医学部 麻酔科学講座、周術期・疼痛医学の臨床准教授である。
Dr. Daniels は、現在、スタンフォード大学医学部産婦人科の臨床教授である。
両著者はともにこの記事に関連する開示事項はない。
参考文献
- Hospital disaster preparedness for obstetricians and facilities providing maternity care. Committee Opinion No. 555. American College of Obstetricians and Gynecologists. Obstet Gynecol. 2013:121:696–99.
- Levels of maternal care. Obstetric Care Consensus No. 2. American College of Obstetricians and Gynecologists. Obstet Gynecol. 2015;125:502–15.
- Di Gregorio G, Neal JM, Rosenquist RW, Weinberg GL. Clinical presentation of local anesthetic systemic toxicity: A review of published cases, 1979 to 2009. Reg Anesth Pain Med. 2010;35:181–7.
- Disaster planning for obstetrical services. https://obgyn.stanford.edu/divisions/mfm/disaster-planning.html. Accessed November 2018.
- The Department of Homeland Security. https://www.ready.gov. Accessed April 2018.
- American Red Cross. How to prepare for emergencies. http://www.redcross.org/get-help/how-to-prepare-for-emergencies. Accessed April 2018.
- Disaster Management and Emergency Preparedness. American College of Surgeons. https://www.facs.org/quality-programs/trauma/education/dmep. Accessed April 2018.
- Center for Domestic Preparedness. Federal Emergency Management Agency. https://cdp.dhs.gov. Accessed April 2018.
- National Incident Management System (NIMS). Federal Emergency Management Agency. https://training.fema.gov/nims/. Accessed April 2018.
- Jung D, Carman M, Aga R, Burnett A. Disaster preparedness in the emergency department using in situ simulation. Adv Emerg Nurs J. 2016;38:56–68.
- Daniels K, Oakeson AM, Hilton G. Steps toward a national disaster plan for obstetrics. Obstet Gynecol. 2014;124:154-158.
- Cohen RS MB, Ahern T, Hackel A. Disaster planning – triaging resource allocation in neonatology. J Invest Med. 2010;58:188.
- Lin A, Taylor K, Cohen RS. Triage by resource allocation for inpatients: a novel disaster triage tool for hospitalized pediatric patients. Disaster Med Public Health Prep. 2018;31:1–5. [Epub ahead of print].
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