周術期チームでの効果的なチームワークは患者安全の前提条件である。しかし、チーム内の二人組、つまり二人の個人間の関係が特に重要であることを公に議論することはまれである。麻酔専門家であれば、仲が良くない外科医と仕事をしていると、患者安全が脅かされていることに少なくとも潜在的に気づくだろう。少なくともそれは働いていて不快な経験となる。 最悪の場合、不仲は有害な結果を招く引き金となるか、有害な結果の原因となる重大な要素となりうる。逆に、気持ちが通じ合い信頼でき尊敬できる同僚と仕事をすると、快適な一日を過ごせる可能性がはるかに高く、患者にとっても最適な結果を得られる可能性が高い。1* 私はこの内容に関して Anesthesiology および The Journal of the American College of Surgeons (珍しい事である)で同時に出版された論評で取り上げ、最近では APSF および ASA が主催する年次開催の Ellison C. Pierce, Jr., MD レクチャーでの講演で取り上げた。2,3 ここでは主要な観察事項と行動のための提案を要約する。
講演および記事では、チーム内の医師、つまり麻酔科医と外科医間の二人組の関係に焦点を当てている。他のチーム内の二人組、すなわち外科医と手術室の看護師、および外科医と他の麻酔専門職の関係も患者安全にとって非常に重要であることに注意はしている。しかし、医師の二人組の関係には特に問題のある機能障害の可能性を生み出す側面があることを感じる。多分、近々他の内容にも触れるが、それが現在の私の注目点である。なぜ私がこの内容に焦点を当てることにしたのか?長年(医療従事者として働いて47 年以上)さまざまな方面から、不仲な関係によって引き起こされた有害事象、または前向きな関係によって予防できた可能性のある有害事象に関する話を非常に多く聞いてきた。さらに重要なことに、麻酔専門家が外科医について持っている固定観念を表す失礼な発言を聞いたことも非常に多かった。私は外科医から同様の発言を聞く機会は多くなかったが、調べてみると同様の考え方は外科医にもあった。固定観念と失礼な発言自体は患者に有害である可能性はないが、それらが表す態度はコミュニケーションエラーと協力や合議の欠如に繋がり、有害事象の原因や引き金となったり、または有害事象を防止できなかったりする可能性がある。
特定の否定的な固定観念の一部を表1に挙げる。これらは長年にわたって耳を傾けてきただけでなく、市中病院や学術センターでの経験をそれぞれ持つ方々の外科医や麻酔科医の同僚から引き出した情報に由来する。繰り返しになるが、具体的な証拠を提供するデータはないが、私がこれを提示した人の中で異議を唱えたりこれがあまりにも当たり前となってしまい健康的ではないという私の主張を押し戻したりした人は誰もいない。
表1:否定的な固定観念
外科医に対する麻酔専門家の固定観念の例: |
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麻酔専門家に対する外科医の固定観念の例: |
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外科医と麻酔科医が協力して働くことがいかに重要かを考えると、この内容について研究が少なく麻酔科医と外科医の二人組に特定した研究がほぼゼロであることは驚くべきことである。Lorelei Lingard と同僚は複数の研究で周術期チーム内の談話が対立を中心に展開する状況を調査した。4 これらの研究の論評は「他の職業の役割、価値、および動機の捉え方は、自身の職業のそれらの捉え方と合わないことが多い」というものである。その論評に関連するのは、「チームメンバーは話し手の動機について仮定をしてコミュニケーションのやりとりを解釈する」という観察である。
Jonathan Katz は手術室での対立に特に取り組んでいる。5 彼は、「追加評価のための手術キャンセルが外科医と麻酔科医の間の対立の中で最も頻繁な原因の一つである」と指摘している。彼は対立の原因が協力の機会を提供していることにも注目している。目標は、そういったあらゆる機会を患者の利益のために生産的な協働に変え、誰が正しいかではなく何が正しいかを学ぶことである。
Diana McLain Smith はチームリーダーの機能的および非機能的二人組が組織の成功または失敗にいかに重要であるかを書いている。6 彼女が記述している特徴と結果は周術期ケアと手術室のチームリーダーにも明らかに当てはめられる。この内容の中でチームに関する通常の議論と異なるのは、チーム全体ではなく二人の個人間の関係に焦点が当てられていることである。
だがどちらも重要である。私が提案しているのは、個人間の関係を理解し改善することは、より重要ではないにしても同様に重要だということである。
この二人組の相互作用が患者安全に良くも悪くも影響を与える具体的な方法は何なのか?35 年近くになる質保証審査委員会のメンバーとしての経験や、この話題について詳細に調べた際に私が聞いた多くのエピソードを介して様々な話を耳にした。ある麻酔科医がいた。この麻酔科医は若いながらに外科医よりも生理学の専門知識があり、外科医の診断がデータと一致していないことを伝えようとした。しかし、外科医との信頼関係が確立されていなかったため、外科医は彼の提案を無視した。麻酔科医が正しかったため、外科医が彼と協力した場合よりもはるかにひどい結果となった。あるいは、外科医が輪状甲状膜切開術を行った経験が豊富であるにもかかわらず、気道確保困難アルゴリズムを進めるタイミングだという外科医の提案を無視し、状況がどんどん悪化していった麻酔科医もいる。これらはよく知られている事実の話である。
これとは逆の内容もある。私はある麻酔科医と外科医から個別に、彼らの信頼関係が明らかに成功に繋がった状況について聞いた。ポップオフタイプの縫合糸付きの針が外れてしまった。針を見つけられない外科医は必死に術野深くを探していた。麻酔科医は外科医の苦心した様子を見ながら、適切なタイミングを待って、一度立ち止まって皆で考えられる選択肢を検討するよう提案した。針を見つけるために透視を使用することとなった。外科医が麻酔科の同僚に麻酔法に深く関わる患者の問題点について前日またはそれ以前に注意喚起して、患者安全の問題を回避できたという話もいくつか聞いたことがある。これを読んでいる麻酔科医の大半が同様の経験をしていることであろう。事実、前者ではなくこの後者のタイプを定期的に経験する幸運な人もいるであろう。すべての患者がそのように幸運であるべきである。
私が説明していることが自分に当てはまるのであれば、この二人組の機能をさらに日常的に有効にするために何ができるであろうか?提案の指針となる経験的証拠を私は知らないが、関係構築に関する一般的な原則がいくつかある。この記事では複数の実用的な提案をする。だが最初の一歩を踏み出すのは容易なことではない。改善が必要な関係の大半において、各当事者は「一致」する必要がある。「ほとんど私のせいではない。外科医がもっとうまくやる必要がある。」と考えているかもしれない。私は物事がうまくいっていない時により過失があるのは誰かと批判をすることはない。だが少なくとも 誰かが建設的な対話を始めようとしないと何も良くならないことは明白である。
ここでいくつか提案するが、どれも試すことを検討するに値する。(これらすべてを私が作成したわけではない。同僚の多くがすでにこれらを行っている。あなたも自分が試せることを考えてみてほしい。)
- 外科医を昼食 または夕食に誘ってみる(これは新しい外科医が自分の病院に赴任するときに行える特に有効な方法である)。
- フォーカスグループを作り、参考文献の記事の一つについて話し合う。自分が話すよりも相手の話に耳を傾ける。自分が観察している行動の理由が想像していることとは違う原因によるものかもしれないと理解するよう努める。*
- 共通した問題に協働して取り組む。例えば、麻酔専門家が貢献しうる手術感染のリスクを下げることや緊急マニュアルを一緒に作成する。
- 最善の意図を想定する。 「同僚の外科医は賢く、患者の最善の利益のために行動し改善しようとしている」という現在シミュレーションで広く教えられており、実用的に修正された「基本的な仮説」7 のように想定する。常にそうであるとは限らないが、ほとんどの場合に当てはまる。
- 誰かが自分に「一体何をふざけたことを」と思わせる行動をした時に 「ふざけたこと」を「どんな意味合い」なのか考えるようにする。8 否定的な固定観念に帰するのではなく、好奇心を抱き、行動の背後にある理論的根拠を見つけようとする。何か新しいことを学ぶ可能性がある。その人物の行動が最適でも正しくなくても通常は妥当な理由がある。正当な理由がない場合は、行動が不合理であると仮定するよりも物事を別の視点で見るようにする方が容易である。
- チーム全体でシミュレーションにて共にトレーニングを行う 。これはチームの危機管理スキルを向上させる実証済みの方法である。加えて平等なレベルで対話ができるようになる。これを行うシミュレーションプログラムが増えてきている。率先してチームに試みるよう提案することも可能である。勿論それには費用がかかり主催するには時間を要する(ただ人を集めるだけでも大変である)が、それは多くの面で成功するであろう。
- 人間関係のコミュニケーションに関する本を読む。例えば、「Difficult Conversations」9 または「Thanks for the Feedback」10 などがある。人と人との関係は難しいものである。だが学べるものは数多くある。幸運にも学ぶべき良い例が数多くある。
このようなことを行えばうまくいくと約束することはできない。だが、患者安全のために時間をかけてできる限り多くのことを試みる価値はある。何もしなければ何も変わらないということである。努力が実を結めば患者安全のために大きな進歩を遂げることとなり、プロフェッショナルな日常生活でさらに多くの喜びと意義を見つけるであろう。
*もしグループセッションや発表をしたければ、簡易版「There is a Fracture」を含め、講義の中で使用したアニメーションのリンクを送ります。(Youtubeでも探せます)他の2つのアニメーションは外科医が麻酔科医に対して持っている概念と健全なコラボレーションとはどのようなものか、についてです。(無償。適性使用してください。)
Dr. Cooper はハーバード大学医学部とマサチューセッツ総合病院麻酔集中治療ペインクリニック科の麻酔科教授である。また APSF の創設者であり 32 年間の勤務後 2018 年に取締役会および執行委員会を退職した。この記事は2019年10月19日に開催された米国麻酔科学会年次学術集会での Ellison C. Pierce, Jr., MD 記念講演での彼の講義の一部を要約したものである。
Dr. Cooper は利益相反はないと開示している。
参考文献
- Katz D, Blasius K, Isaak R, et al. Exposure to incivility hinders clinical performance in a simulated operative crisis. BMJ Qual Saf. 2019;28:750–757.
- Cooper JB. The critical role of the anesthesiologist-surgeon relationship for patient safety. Anesthesiology. 2018; 129:402–405. (Pub ahead of print) (co-publication in J Amer Coll Surg. 2018;227:382–86) http://anesthesiology.pubs.asahq.org/article.aspx?articleid=2695026
- Cooper JB. Respectful, trusting relationships are essential for patient safety, especially the surgeon-anesthesiologist dyad. Ellison C. Pierce, Jr. Memorial Lecture. Annual Meeting of the American Society of Anesthesiologists, October 19, 2019. Accessed November 11, 2019. https://www.apsf.org/news-updates/watch-jeffrey-b-cooper-ph-d-give-the-anesthesiology-2019-asa-apsf-ellison-c-pierce-memorial-lecture/
- Lingard L, Reznick R, DeVito I, et al. Forming professional identities on the health care team: discursive constructions of the “other” in the operating room. Med Educ. 2002;36:728–734.
- Katz JD. Conflict and its resolution in the OR. J Clin Anes. 2007;19:152–158.
- McLain Smith D. The elephant in the room. San Francisco: Jossey-Bass; 2011.
- Rudolph J. What’s up with the basic assumption. https://harvardmedsim.org/search-results/?swpquery=basic+assumption Accessed November 11, 2019.
- Rudolph J. Helping without harming. SMACC, Berlin, June 26, 2017. https://www.youtube.com/watch?v=eS2aC_yyORM Accessed October 29, 2019.
- Stone D, Patton B, Heen S. Difficult conversations: how to discuss what matters most. Penguin Books, Ltd., London, 1999.
- Stone D, Heen S. Thanks for the feedback. Penguin Books, New York, 2014.