はじめに
パルスオキシメーター、カプノグラフィー、脳機能モニタリング、ビデオ喉頭鏡など、我々の専門分野で採用される技術的進歩の多くが患者のケアと安全性に革命をもたらし、急性治療に携わる他の臨床医によっても採用されるようになった。中心静脈カテーテル留置と神経ブロックにおける患者の安全性を高める上での超音波の影響に関してこの ニュースレター1 を含めて激しい論争が行われたことは記憶に新しい。同様に、手で持って操作でき、ポータブルで、手頃な価格かつ簡便に使用可能な超音波デバイスを使用しポイントオブケア超音波 (Point of Care Ultrasound: POCUS) を実行する、いわゆるポータブルポイントオブケア超音波 (Portable Point of Care Ultrasound: PPOCUS) は、周術期の患者安全を改善しうる新しいテクノロジーであると我々は考えている。
PPOCUS は、20 世紀にコンピューティングテクノロジーが経験したのと同じような革命すなわちシステムのポータブル化、効率化、そして低価格化を経験しているさなかにある。超音波技術は、ポータブル超音波装置が2,000 ドルという低価格で臨床医のスクラブの後ろポケットにすっきり収まる(図1)ようになるまでに進化を遂げた。さらに撮像能力は十年前、二十年前の高性能超音波装置の多くをはるかに超えているのである。
PPOCUS の革命は、現在のポケットサイズの超音波装置による携帯性に加えて、ユーザーとその臨床使用をサポートするためのソフトウェアによっても促進されている。従来の超音波装置は、画像をダウンロードして保存するために USB ケーブルなどの基本的な方法を必要とすることが多い。一方で新しい PPOCUS 装置は、取得した画像を WiFi またはセルラーネットワーク経由でクラウドに直接アップロードできるようになっている。この新しい技術によって、画像および画像保存通信システム (Picture and Archiving Communication System: PACS) や患者の電子カルテシステムにシームレスに統合することができる。PPOCUS で得た画像データは、患者のプライバシーと機密性を維持するために、シングルクリック2 で匿名化することができる。しかし、こうした情報の保存に関する患者のプライバシー保護に対する具体的な施設内ガイドラインは、米国国内では統一されていない。とはいえ、HIPAA準拠の基準を満たすこの容易な統合により、他の医療提供者との即時の協働が可能になると同時に、得られた画像の質を保証する新しいリアルタイムの機会を得ることができるだろう。加えて、一部の携帯式装置は、超音波の専門家が初心者の超音波ユーザーをリモートで超音波検査を誘導し、ライブ画像の取得、解釈、フィードバックを可能にする新しいテレガイダンス技術を有している。3 さらに人工知能が画像の取得と解釈をさらに容易にし、左心室機能の判定や肺水腫の存在など、臨床的に関連するリアルタイム機能を提供することが期待されている。
PPOCUS の適応と限界
PPOCUS 装置のアクセシビリティの向上により、さまざまな患者ケア状況での有意義な使用が可能となり、周術期の超音波検査も患者の転帰に影響を与える可能性が示されている。4 マサチューセッツ総合病院 (Massachusetts General Hospital: MGH) において、我々はすべての周術期領域に携帯式超音波装置を採用し、時間的に制限のある診断や逐次の評価、重要な周術期管理における意思決定に利用している。表 1 は麻酔専門家による PPOCUS の周術期使用の多岐にわたる適応を示している。表 2 は PPOCUS と POCUS を比較しており、この技術の多くの利点と限界を示している。
表1:麻酔専門家による PPOCUS 使用の新たな適応
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表 2:従来の超音波プラットフォームとポータブル超音波装置 (PPOCUS) を使用した POCUS の類似点と相違点の概要
特徴 | PPOCUS | 従来の超音波装置 |
費用 | $2,000 〜 $12,500 | $30,000 〜 $100,000 以上 |
携帯性/必要スペース | 非常に便利な携帯性/装置はスクラブポケットに収まり、重量は非常に軽く、1 ポンド未満 | ポータブルでない場合も/重量が数百ポンドになることもある |
起動時間 | 秒単位 | 分単位 |
準備の手間と時間 | 携帯性に富み、準備時間は短い | 動かすのに人手が必要で準備時間は長い |
電源プラグの必要性 | 必要なし | 必要な場合あり |
画質 | バイナリ意思決定には十分 | 一般的に画質は高い |
心電図同期機能 | いいえ | はい |
限られたスペースでの使用 | はい | いいえ |
経食道心エコー検査機能 | 現在はなし | はい |
進行中の集中的な治療(すなわち、胸骨圧迫など)を中断する可能性 | 低 | 高 |
PACS(画像保存通信システム)とのワイヤレスおよび/または 3G 統合 | 存在する | 存在する |
検査を迅速に匿名化でき、外部との協働を促進させられるか | はい | いいえ |
データの取得と解釈、およびデータコラボレーションを促進するテレガイダンスと AI 機能 | 多数 | 限られる |
ノボロジー(すなわち超音波装置のコントロールの機能) | 限定されているが初心者ユーザーにはとっつきやすいかもしれない | 広範、それ故に操作が難しい可能性も |
M モードおよびカラードプラー機能 | はい | はい |
PWD、CWD、および TDI 機能 | いいえ | はい |
EMR(電子カルテ)、 PACS (画像保存通信システム)との統合 | 多数 | ほぼ全て |
略記:人工知能 (Artificial Intelligence: AI)、連続波ドプラー (Continuous Wave Doppler: CWD)、電子カルテ (Electronic Medical Record: EMR)、画像保存通信システム (Picture Archiving and Communication System: PACS)、パルスドプラー (Pulse Wave Doppler: PWD)、組織ドプラー (Tissue Doppler Imaging: TDI)、超音波 (Ultrasound: US)
PPOCUS を取り入れうまく使うために
超音波のような新技術の普及は、その技術に対する慣れや正規のトレーニングの欠如、また心臓専門医や心臓麻酔専門医による正式なサービスに依存しているような場合には困難であろう。麻酔科医に対する調査では、診断を誤ることへの恐怖と正式なトレーニングやその認定資格が欠けていることが焦点を絞った経胸壁超音波検査 を臨床に取り入れるにあたり大きな障壁となっていることが明らかとなっている。5 無理からぬことだが、 PPOCUS を実施する「非専門家」の医学的/法的な影響を懸念する人は数多く存在する。これは超音波検査実施者と病院管理者の両方にとって妥当な懸念事項である。だがこれまでの既知の医療過誤訴訟は、POCUS における誤診や解釈の誤りではなく、むしろPOCUS を全く使用しないあるいは適用が遅れたことに関連していることは間違いない。6~8
MGH では、PPOCUS は当初、処置が「手遅れ」になる前に自分の患者を評価し救命するために自立を検討していた超音波愛好家に使われはじめた。その後PPOCUS 愛好家の麻酔専門家たちが、「麻酔統計」および我々が実践しているさまざまな臨床分野での緊急事態に対応し始めた。PPOCUS は臨床的に重要な疑問に迅速に答えを導き出すことにより、他者にその有用性を実証した。PPOCUS は急性症状の迅速な評価に役立つことが示されており、正規のレスキューエコーサービスが完全に動員される前であってもPPOCUSを行うことで患者を救うことができるため、麻酔部門での採用が促進されることとなった。PPOCUSの有用性に対する更なる裏付けとして、PPOCUS によってICU などの高レベルなケアへの患者の不必要な移送を回避できることが我々の施設で実証された。これによって病院の限られたリソースをより有効に活用し、臨床医が収集した病状悪化に関する可逆的な原因を迅速に特定することができるであろう。
PPOCUS の主な利点の一つは、長時間のトレーニングなしでもすべての人がすぐに使用できることである。過去の研究では、超音波検査の経験が限られている医師が 1 日間の講習会や20 回のスキャンの練習などといったわずかなトレーニングを行うことで焦点を絞った超音波検査を習得できることが示唆されている。9,10 注目すべきはアメリカ胸部医師会 (American College of Chest Physicians: ACCP) では、POCUS の修了証明書を取得するためには 20 件の 経胸壁超音波検査の実施を必要としていることである。一方でアメリカ救急医師会(American College of Emergency Physicians: ACEP) では、画像検査の認定において最低25件の検査が必要としている。同様にポイントオブケア超音波学会は POCUS の認定のために最低 25 件の検査を推奨している。PPOCUS に関しても同様の水準が求められる可能性があるだろう。
PPOCUS の利用を促進するための推奨事項と戦略
我々のPPOCUS の哲学は、「誰でもできる」ということであり、心臓麻酔医や心臓専門医のみに限らない。我々の教育戦略は日々の診療でこの技術を実施することに関心のある臨床医を対象とし、そこから部門全体へその使用を広げていくことである。PPOCUS は超音波教育に理想的であるといえる。初心者ユーザーに超音波スキルを教えるため、そして初心者ユーザーがそれらのスキルを習熟するためには「活性化エネルギー」が必要であるが、非常に優れたその携帯性、手頃な価格、使いやすさによりそのハードルが大きく下がるためである。
MGH においては、科によるサポート体制や決められたトレーニングプログラムを組んでいないにもかかわらず、PPOCUS が過去 6 か月間に 40 名以上の麻酔専門家の超音波トレーニングを促進することに役立っている。正式なトレーニングモジュールが用意されている一方で、それをはじめから使うようには我々は既定していない。専門家と一緒に十分な実地訓練を受け、臨床において新しい技術を行う上での自信と熱意を養えなければ、学習者のやる気をそぐことになりかねないからである。
熱心な初心者ユーザーは、関心を持ったリソース(いわゆる YouTube、Podcast、ウェブサイトなど)をそれぞれに見つけて自己学習を進め、高忠実度 TTE シミュレータで独自に練習を行い、そしてある程度の超音波検査を自分自身で適切にできるようになるまで少なくとも 5 ~ 10 件の検査を超音波の専門家とマンツーマンで実行する。一か月以内、 20 件ほどの検査で、その大半が標準的な心肺ビュー(胸骨傍長軸、胸骨傍短軸、心尖部四腔ビュー、肋骨下四腔ビュー、IVC ビュー、肺超音波検査)を得られるようになる。我々はより容易に携帯型超音波装置へアクセスできるようにすることで、学習者が POCUS スキルの急速な成長を達成するために必要な勢いを維持できるよう試みている。興味深いことに、PPOCUS の学習を最も受け入れる臨床医の多くは麻酔トレーニングの初期段階(すなわち、CA-1)である。我々としては、年少の麻酔研修生が現在および次世代の麻酔専門家を訓練し、我々の部門全体がPOCUS のエキスパートになることを願っている。
結語
PPOCUS を周術期ケアへ組み込む流れは、患者安全を向上させる可能性を秘めており、必然であろう。したがって、適切なトレーニングカリキュラムを構築することで、この技術を臨床診療に導入し正しく使用できるようにするための最適な手段を検討することが重要である。たとえば、実施の初期目標にはシミュレーショントレーニング、緊急マニュアル、研修医トレーニングプログラム、そして可能であれば周術期領域への統合が含まれる。患者安全のパイオニアである我々の専門分野は、10 年以上前の救急医療の分野がそうであったように、11,12 PPOCUS の習熟度を高める必要がある。麻酔専門家は、 周術期医療における患者安全と教育のための新しい規範としてPPOCUSを取り入れ、革新させていく必要がある。
Dr. Lindsay は、マサチューセッツ州ボストンのマサチューセッツ総合病院の麻酔科、救命救急科、および疼痛治療科のレジデントである。
Dr. Gibson は、マサチューセッツ州ボストンのマサチューセッツ総合病院の麻酔科、救命救急科、および疼痛治療科のレジデントである。
Dr. Bittner は、マサチューセッツ州ボストンのマサチューセッツ総合病院の麻酔科、クリティカルケアおよび疼痛医学科の准教授である。彼はAPSF Newsletter の副編集者である。
Dr. Chang は、集中治療・麻酔学フェローシップのアシスタントプログラムディレクターであり、マサチューセッツ州ボストンのマサチューセッツ総合病院の麻酔科、集中治療科および疼痛医学科の教員である。
著者らにいかなる開示はない。
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